私は小さい頃(感)

   小5 あさゆみ(asayumi)  2026年4月2日

  私の三文ぬき書きは、「私は小さい頃、家の近くを流れる渡良瀬川から大切なことを教わった」というところと、「ところがその時、どうしたはずみか中央に行きすぎ、気づいた時には速い流れに流されていたのである。」と「何もあそこにもどらなくてもいいんじゃないか・・・流されている私に、今できるいちばんよいことをすればいいんだ」というところです。

 次に私もこの主人公と似ているような経験をしょうかいする。それは、あるいて、三〜五分以内に着くとあるスーパーマーケットだ。実はそのスーパーマーケットの三階が百円ショップで父を探してもいなく、泣いてしまったという思い出がある。そのときにおばさんが私にティッシュをくれて、しかも父を探すのも手伝ってくれたのだ。私は、その人にとてもかっっこいいという気持ちを持ったし、絶対に私だったら自身がなくて、できないと思った。だから次は絶対にこの人を困らせることはしないようにすることと、まるで同じてつをふむということわざがあるように、何回も同じ失敗をしても自分が困ってしまうから、今まで何度も同じ失敗をくり返してしまったからこそ、それをいかして、直していきたいと思った。

 さらに、私は、父に迷子になったことはあるかや、人生に大ピンチだったことがあるかを聞いてみると、父はよく色んな物に興味を持っていたので、いつも一人でとことこ行ってしまって迷子になっていたと聞いた。その時は、五才か六才のことだったらしくて、どうして親と会えたかというと、一人で迷子センターや店員さんに迷子になってしまいました。といっていたことを聞いた。また、父にはもう一つの大ピンチがあってそれは、かぎをそもそも持っていなくて、家に誰もいなかった時最初は焦ったらしいけど、二階にある自分の部屋のまどが空いていたらしく、そこから庭にあった組み立て式のはしごを使って自分の部屋に入ったことを聞いた。この父に聞いた話と私の話には相違点がある。それは、父は、頭で考えて自力で乗りこえられていたけど、私の場合は、周りのみんなや他人の力があってこそ乗りこえられたことだから、私も父のような自分の頭で考えることがまだまだ自分は足りないところなのでそこをこれからは強化していけるようにがんばっていきたいと思った。そして私は、もっと気になることがあったのでインターネットで調べてみた。それは、みんなどんなことが人生における大ピンチかということが気になった。そして検さくしてみると。子どものころの一位は夏休み最終日の宿題、二位は学校での「お漏らし」または「嘔吐」らしく、三位が親に隠していた「テストの悪い点数」がバレることだそうだ。私は、これより全然ましな出来事なので、これを学校などの場所でやった人はどんな気持ちなんだろう?と思った。

 最後にこのお話の主人公の命が助かったのは、冷静になって自分の頭で考えたからだと私は思う。だからもし、大ピンチということが起こってしまったら、冷静に考えられるように練習していこうと思った。