手間を省かず、生きるということを
中3 明香里(auseri)
2026年4月2日
科学文明の発達は、人間の日常から手間をどんどん省く。お店の入り口に立てばドアは自動的に開き、階段のそばには必ず、エスカレーターがあり、しかも面倒なことは避ければいいわけで、子供たちにとっては、あえて本能的なアンテナを張り巡らせる必要がなくなってきているのではないだろうか。便利さや快適さを求める人間の欲求が、文明を発展させてきたことは事実であろうし、筆者は、少年たちに、「少年よ野心を抱け」と書いたとき、野心に「のごごろ」と仮名をつけることにしている。
私は手間を省かず、生きている喜びを日々感じられるように生きたい。
第一の方法として、現代の進化に頼り過ぎず、手間のかかることでも行うことが考えられる。メジャーリーガーのイチロー選手は最新のトレーニングマシーンやデータ分析が発達した時代でも、基本的で地道な練習を大切にしていた。例えば毎日同じストレッチや素振りを欠かさず続けたり、自分の体の感覚を大切にし、丁寧に調節していたそうだ。このような手間のかかる地道な努力を続けたことで、長い間日本でも世界でもトップレベルの野球選手として活躍することができたのだと思う。
このイチローの話から、便利な方法に頼るだけではなく、手間のかかる基本を大切にすることで、自分の本当の力を発揮できるし、私たち一般人にもみとめられるような成績を残しているのだということが分かった。
私にも似た話がある。私は英単語の意味や漢字が分からないとき、手元にスマホがあるとつい手が伸びてしまって、スマホで調べてしまう。しかし、分からない単語や言葉は辞書や教科書、参考書で調べた方が、その単語の一つの意味だけではなく、他の使い方や、他の意味を同時に養うことができるので、次に書くときに間違えるリスクを下げることができる。
第二の方法として、人と触れ合う機会を大切にすることは大切である。私の住む地域では、「浜降祭」という年に一度の地域の行事がある。この行事は多世代の人々が一騎の神輿を協力して担ぐ。そのため、地域の人と多くかかわりを持てるので、私は小さい頃から参加している。一方、現在の浜降祭の参加者は激減している。理由は少子高齢化が進み、参加していた高齢者の方が抜けてしまったり、引っ越してきたばかりで何も分からないなどで神輿の担い手が減少傾向にある。
そんな、減少傾向の中でも私は、地域の人々との関わりの中で喜びや、行事を行えたことについての達成感を感じられるなと思った。
確かに手間を省いて、楽をすることも必要だ。しかし、「人間性を失ってまで、進歩する価値はない。」とアルベルト・アインシュタインがいったように、毎日進歩する技術に頼り過ぎず、手間を省かず、生きている喜びを日々感じられるように生きたい。