利便性と行動力
中3 あかるら(akarura)
2026年4月2日
科学文明の発達は、人間が必ず経験しなければならなかった手間を省く。しかし、個性や人間らしさを増幅させるためには、「必要なる手間」が必ずあると考える。現代では、あえて本能的なアンテナを張りめぐらす必要がない。生きる喜びとは、感性を研ぎ澄まし、自然の大きさと人間の魅力を発見することにあるだろう。便利さを求める人間の欲求は文明を発展させたが、そのために本来の財産を犠牲にしていることに私達は気付くべきだ。だからこそ、私は行動力のある人間になりたい。
そのための方法として第一に、他人任せではなく、「自分で考える」習慣を持つことだ。行動をとっていく上で、物事を達成していくには思考力は欠かせない役割を持っている。中学一年生のとき、学校行事の一つとして、富士山周辺へ宿泊学習に行った。その最終日、私の参加したチームでは、有名な観光スポットに実際に出向き、訪日外国人観光客にインタビューを行う企画が含まれていた。外国の方々に突撃で話を聞き、情報を引き出す経験のなかった私は、到着した後も不安と緊張で足がすくんでいた。当日はグループで行動していくことになっていた。メンバーの中には、他にも英語の得意な人が何人もいたが、私は勇気を振り絞り、質問をさせていただく人やインタビュー内容を考え、自分から積極的に話しかけていった。時にはイ断られることもあった。しかし、国籍も訪れた理由もそれぞれ異なる多くの人々からデータを集め、探求活動において自分にとっての納得と伝える相手への説得力のある結論を形作ることができた。これはどうするべきかを自身で思考し活動していくこと、そしてそれに基づき導き出された言葉が生んだ成果であるだろう。これらは一つ一つの行動に意味を持たせ、さらに発展させていく道なのだ。
第二の方法として、社会が「便利な世の中」について見直してみることだ。生活環境の整った今の暮らしはとても便利だが、そこには同時にネガティブな側面もあるはずだ。そこに着目した人物がいる。マハトマ・ガンディーだ。インドの独立指導者としての活躍で知られている彼は、利便性を過度に追い求めることや機械化は人間を怠けさせ、精神的な自立を損なうと主張し、身体を使った労働の価値を認識した歴史上の一人でもあった。そこには便利で快適な世の中に対する問題意識があると言える。現代においてももちろん同様である。三年生で始まった公民の授業では情報技術と社会との関係について考察している。確かに最新技術が登場する度に私達の生活は単純化されていくが、機器関連の思いがけないトラブルへの処理や犯罪の複雑化、多様化は誰であっても巻き込まれる可能性を秘めている。特にAIの誕生によって、誰に責任の所在があるのかでさえ不明になりつつある。何事でも同様だが、メリットの裏には必ずデメリットがある。だからこそ、技術の発展に欠点がないとは必ずしも言い切れないだろう。新たな科学文明の開発が大きな話題になる今だからこそ、改めて考え直したいことである。
確かに、科学技術の「進化」によって私達の暮らしは便利になり続けている。今では、日常生活における便利さを超え、思考や判断までもを任せることができるようになっている。しかし「君の道は君が作れ。他人の作った道を通るな」という名言がある。このような時代の中で自分を確立していくために、私は自ら実際に考え、行動に移せる人間なりたい。