時間の束縛

   中3 あおらえ(aorae)  2026年4月3日

  人々が時間に追われるようになったのは時計が発明されてからだ。つい数十年前、小さな農村で高齢者に対して生活時間調査を試みてうまくいかなかったという。その村では大多数の高齢者が時計を持たず、何時に何をするという観念はない。おおまかなくくり方で日常生活が間に合うのである。時間に追われるようになったのは、誰もが時計を所持するようになったのと、テレビに時刻が表示されるようになったからだ。人々の関心は金銭消費から時間消費へと移ってきている。その関心は時間の能率的、効率的な使い方に向かうものだ。そうでない時間の使い方のできるチャンスをいかにして確保するかが日本人の課題である。だから、時間に縛られない生き方が重要だ。

 第一の方法として挙げられるのは、自分のペースで動くということだ。次に何をするかは自分が決めて、終わったら決めたことをすればよいから、時間を気にする必要性は下がる。また、時間の効率よりも内容により注力できるために充実感も上がる。私は試験勉強でよく納得するまでやるようにしている。時間で区切らないのは、できるだけ物事をよく把握したいからだ。それは、理由をとことん調べることによってより理解できることに加え、記憶に残るようになるからだ。日常生活でも同じようなことを行っている。疲れたときに休憩し、勉強したいときに勉強するという時間を全く気にしないような生活をしていると、小学校では嫌いだった勉強今では面白いと感じられるようになった。

 第二の方法として、効率を求めない時間を作ることもよい。現代社会に逆らうような過ごし方だが、ストレスは減り、時間にも束縛されない。近年ではデジタルデトックスというインターネットからあえて離れる行動が広がっている。これにより、時間を頻繁に確認せずによくなり、心に余裕が生まれるといわれている。私の家族はよくキャンプに行くが、そこでも時間を確認する必要はない。日が暮れたら寝て、日がでたら起きればよいからだ。日々追われている時間から解放されるとストレスも気づかぬうちに消えてゆく。効率をそこまで求めない、時間を気にしない自然な生き方はやはり人という動物にとって最もあっている生き方だと思う。

 しかし、確かに時間を気にせずに仕事をしたり、勉強をしたりすると効率が下がり、会議など複数人が集うものも設けにくくなる。その結果、物事が遅々として進まなくなる可能性もある。しかし、「点と点とは、将来振り返った時にしかつなげない」というスティーブ・ジョブスの言葉もあるように、無駄に見える時間にも何かしらの意味がある。今時間を気にせずに探求心に任せるがまま調べ物をしたという点は将来どのような経験や考えにつながるか分からない。そのような時間の積み重ねが、将来につながるのだ。「海軍に入るより、海賊になれ」とも言っているが、時に決められた時間という枠に従うよりも、時の自分の発想や行動を選ぶことが大切である。