古いものも新しいものも良さがある
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「見られる」「来られる」など、正規のラレルを使い表現する方法と、ラレルをラ抜きのレルにして、「見れる」「来れる」という具合に表現する方法がある。ラレルよりレルの方が発音しやすく簡潔でもあるので、よく使う可能表現をレルにしてしまったということもある。ら抜き言葉は、永く批判の的になりながらも、しかし次第に多く使われるようになってきたのである。
古くて正しいものには良さがある。なぜなら、古くから受け継がれてきたものにはそれなりの良さがあるからだ。よく、日本人はとても丁寧だといわれることがあるが、それは日本人が昔からの教えをずっと守り続けているからだと思う。昔の人々は、礼儀にとても厳しく、いかに相手への敬意や思いやりを形にして相手に示せるかを重視していた。そのため、今もそれが受け継がれていて、教育の中心にもなっている。しかし、最近では公共の場で大声を出したり、中には電車の椅子に寝っ転がったりしている人を見かけるようになり、昔からの教えが薄れてきていると感じた。人間は、意識していなくても、だんだん楽な方向に流されがちである。そのせいで若干面倒な礼儀作法をしなくなっていってしまう。私もよく、座り方に気を付けようと意識しているのだが、やはり時間がたつと元通りになってしまう。これにより、日本人が昔から守り抜いてきた礼儀作法は私たちにとって大切なものであり、決して無視してはいけないものだ。そのため、古くから受け継がれてきたものの良さをしっかりと理解し、使っていく必要がある。
一方新しくて便利なものにも良さがある。なぜなら、効率が良くなるからだ。最近の飲食店では、タブレット端末やQRコードを読み取ってスマホで注文することができる。たまに、それらがないお店もあり、その場合はいつも、店員さんに来てもらうのが申し訳ないし、店員さんがいるのに悩んでしまう事もあり、時間を大幅に使ってしまう。そのため、最新の方法で注文できるのは、心に余裕ができるし、店員さんもわざわざ聞きに来なくて済むので、時間を有効に使えると思うのだ。それに最近では、料理を届けるためのロボットも導入されており、店員さんは席に料理を置きに行く手間が省けたので、他のことにも時間を有効に使えるようになったと思う。そのおかげで、料理の到着時間が短縮され、とても早く来るようになったのが、非常にうれしい。新しく便利なものが使われるようになってからは、時間のロスが大幅に減ったうえ、焦ることもなくなったので、効率よく物事に取り組めるようになった。そのため、新しくて便利なものは時間短縮において必需だ。
確かに古いものにも新しいものにもそれぞれ良さがある。しかし、本当に大切なことは、「短所をなくすいちばんよい方法は、今ある長所を伸ばすことである。」という名言があるように、そのものの良さを最大限生かす使い方をすることだ。物にはそれぞれ短所があるが、それを治そうとしてもなかなか治せないこともあるほか、そのもの自体が根本的に治せない場合もある。そのため、最善な方法は、物の良さを理解したうえでそれらを最大限生かす使い方をすれば、そのものの長所がどんどん伸びると思う。私はこれから、古くからあるものを大切に、使用していきながら、もっと最新で効率よく使用できる方法を見つけ、それらのいいところをすべて詰め込んだ使い方ができるように試行錯誤していきたい。