日常生活の裏にある大切なもの

   小5 ちぴ(asatihi)  2026年4月3日

 日々に欠かせぬ家具として、くずかごは、あまり重んじられていない。わたしたちは、くらしというのは、「手に入れる」ことでつくられていると思っている。何かを手に入れることが暮らしの物差しをつくるので、手に入れたものをどれだけいれられるか、その容積の大きさが暮らしの豊かさだと信じている。しかし、実際には、何を「持たない」かが大切である。くらしにめりはりをつけるのは、何が不必要なのか、だ。大きなくずかごを、心の広い友人として一つ、置くと、きっと暮らしの姿勢が変わってくる。

 もし、言葉がなかったら、とわたしは想像した。何かを伝えたいのに、相手は首をかしげるばかりで、もちろん紙になんか書く言葉もないような世界。思わず背筋が寒くなった。すると、アイパットをいじっていた弟が、ある動画を見せてきた。

「えぇ―。『二十四時間コトバなしチャレンジ』って。できるのかなあ。」

題名を見て、絶句したわたしのそばで、弟も呆然とつぶやく。

「うそでしょ。むりじゃん。」

そのまま動画を進めていくと、なんとか表情だけで読み取ってもらっている場面があった。一生懸命うれしそうな顔をして、アイスクリームを求めていた。アイスクリームだと読み取った相手側は、すぐにアイスクリームを注文したりして、無事終了したが、苦しそうな表情がとても心に残った。いつも伝わるわけじゃないと、強くそう思った。言葉とは、まさに縁の下の力持ちである。いつもは気がつかないけど、生活に欠かせないものだなあ、としみじみと思った。

 「ねえ、お母さんは、いつも気がつかないけど、とっても大切なものって思いつく?」

わたしは、シャーペンで鼻の頭をかきながら、さりげなく質問した。母は、一瞬動きを止めると、「じゃあ、ちひろはどうなの。」と逆に聞いてきた。

「言葉、だよ。」

そう答えると、母は驚いたように目をぱちくりさせた。

「うわあ、レベル高いなあ。う―ん、と。やっぱ、『当たり前の健康』かな。いつもは実感しないけど、インフルエンザとかになったときさ、家事も仕事も遊びもぜんぶキャンセルじゃない。ああ、って実感するよね。」

考えながら話をまとめてくれる母に、

「いいねっ、ありがとう。」

と相づちをうったわたしは、頭の中でふむふむとうなずいた。わたしの実例と、母の実例、どちらもものではないけど、大切なものだということがわかった。

 この長文を通して、わたしは、ふだんは目立たず、だれの目にも止まらないものでも、なくてはならないものがきっと、日常生活に隠れているとわかった。だから、これからはもっと、日常生活に目を向け、当たり前に使っている、ものではないものでも、日々の生活に欠かせないものをたくさん見つけていきたいと思った。