読書の楽しみは(感)
小6 あきらほ(akiraho)
2026年4月3日
読書の楽しみは一人でできる楽しみだ。「オーディオビジュアル」の時代が来たという人がいるが、筆者曰く、オーディオビジュアルの時代が来たのではなく、活字情報にオーディオビジュアルの情報が加わったというだけのことだ。どちらも楽しめばよいのでどちらか一方だけを選ぶ必要は全くない。本をたくさん読むということは日本語をたくさん読むということであり、日本語による表現の多様性、その美しさと魅力を知るということでもある。
私は今、精霊の守り人という本のシリーズにはまって読んでいる。この本を読もうとしたきっかけは、姉が担任の国語の先生に勧められて貸りてきたのがきっかけだ。学校から家に帰ってくると姉の机にポツンとぶっきらぼうにその分厚い本が置かれていた。好奇心に駆られそれを私が読んだことで今に至る。その本は、主人公短槍のバルサが、ヨナ・ロガイという水の精霊に卵を産み付けられた王子チャグムを食べようとする土の精霊ラルンガから王子チャグムを守るという話だ。特に面白い場面はバルサがラルンガと戦うところだ。バルサとラルンガの緊迫感がひしひしと伝わってくる場面は心臓の鼓動が大きくなる。この躍動感ある表現が面白く没頭して読んだ。私はまるで湿地帯で動物が底なし沼にはまりこんでしまうように本の世界に引きずり込まれた。私は、一気に一冊を5時間ぐらいかけて読み終えた。母に「もう寝る時間だから明日読もう」と言われても本を読むことをやめられなかった。読書もメディア視聴もどちらも面白くはまってしまうのだが、読書はメディアと比べて考える深さが違うと思った。何故ならメディアは目で一瞬でとらえて情報を整理することができるが、読書は文章を頭で理解し、情報を整理し、想像をするから読書の方が自分なりの登場人物の姿を創れるからだ。
私の曽祖父は本好きが高じて戦前に本屋を開業していたそうだ。曽祖父は本の虫であったのでその影響か祖母や母も読書が好きだ。母曰く、曽祖父は「暗闇の中でも本棚のどの位置にどの本があるか分かるぐらいに本を大切に扱いなさい」と子供のころに言われたことを印象深く覚えているそうだ。母は僕が赤ん坊のころから、絵本の読み聞かせをし、図書館に連れて行ったそうだが、まだ僕が文字を読めない2、3歳のころでも僕は図書館のこどもコーナーのところで何時間でも真剣な眼差しで本を集中して開いていたそうだ。僕はかすかにしか図書館の事は覚えていないが、幼児でも読書は自分のペースで楽しめることが良いことだと思った。
日本語による表現の多様性や表現の魅力を知ることは読書の楽しみの一つだという事が分かった。人間にとって読書の楽しみとは生きがいではなかろうか。何故なら物語ならば登場人物になりきって自分の世界に入り込める。さらに知識も豊富になるからだ。これからも良い人生を歩むために表現や内容の難しい本も手に取ってみて、読書の世界を拡げていきたいと思った。