意見と意見
中1 たくみ(nomutaku)
2026年4月4日
いつから世の中が矛盾を恐れるようになったのか知らないが、頭から悪い物と決めかかっている人が多い。同じ平面の上を、反対方向から進んできた二つの同じ力がぶつかれば、両者は互いに相殺しあって、運動のエネルギーが消滅してしまう。しかし、このように戦々恐々として一筋を守らなくては乱れてしまうのであるとしたら、いわゆる論理とはなんと貧寒なものだろう。この平面議論という暴れん坊に踏み込まれたら、いかなる芸術の花も台無しになってしまうからである。そのことから、僕は、矛盾は良いと思う。
第一の理由として、意見の食い違いというものがあると、新しい意見が出てきたり、新しい創造があるからである。例えば、ゲームのキャラクターで、何が好きかということを聞いてみると、僕はポケモンのソウブレイズと答えても、別の子は、カービーと答えたり、マイクラのスティーブと答えたり、マリオやルイージと答える人もいるかもしれない。人によって好みのものが違う。また、それで、なるほどとなる。そんな具合に、矛盾(意見の食い違い)は、人それぞれの個性だったりが話していることに直接現れるものだと思う。なぜなら、実際に、組み立て方などが人によって違っていて、統一しようとすると難しいということがあるからだ。それはまるで、矛盾から、新しい答えが導かれるみたいだと思った。
第二の理由として、矛盾がないと、話し合いなどの醍醐味がないからだ。例えば、遊園地のアトラクションで何をやりたいかと聞いた時、自分はジェットコースターと答えても、他の子は、VRやメタバースがあるようなところに行きたいと答えるかもしれない。実際に、東京ドームシティに行ったときにも、僕は室内ジェットコースターのバックだーんというのにも乗りたかったが、みんながガンガンバトラーズというVRに行きたいってことで、結局こみ具合も見てそっちのほうに行った。ガンガンバトラーズも1回やったことがあったが、その時は、まだ行ったことのなかったアトラクションに乗ってみたかったというのがあった。もしかしたら、意見が違うというものも意外といい物なのかもしれないと思った。それと、同じアトラクションでも、一緒にやる人だったりその人の人数が違うと、結構面白みというのが変わってくる。友達がいて大人数でやったほうが楽しく感じるということがあった。でも、どっちも混んでいたら、いい意見でもいけんとおもった。
たしかに、意見が一つになるということはいいことだ。だが、「自分と違う意見を述べる人は、あなたを批判したいのではない。違いは当然であり、だからこそ意味がある」という名言があるように、人それぞれの意見があってこそ、議論や話し合いが成り立つので、矛盾は必要だ。そんなわけで、僕は、矛盾は大切だという意見に賛成する。これからも、意見が合わないからと言って、消極的なことを言うのではなく、その意見も認めたうえで、議論や話し合いというものを進めていきたい。