自然とのふれあい(清書)

   中1 みうじん(asamiu)  2026年4月4日

 「自然とのふれあい」

それぞれの目的を気持ちよく、楽しく達成させてくれるのが里山の景観であり、それを構成する野生生物を中心とした自然だ。今、美しく維持されている里山は、必要な手間ひまをすべて山里の人々の善意におおっている。里山は人間によって作られ、維持されてきた自然だということを考えると、都市の人々がここを訪れて仕事をする後者のほうが良いと思うが、これに行政側が資金的な援助をすればよいのだ。

僕は、自然と触れ合う体験をしたことがある。それは、5年生の時の自然教室で森の中を遊んだことだ。森の中は、ごみ一つなく見る限り緑などの色鮮やかかな空間でいっぱいだった。僕は森に何回も言ったことがあるけど、今まで、いったことのある森の中でごみが一つもなかった森はこれが初めてだった。しっかり整備されてるのだなと思って感動した。その森で遊んだ日はとても楽しかった。森で遊ぶことができるのは人間が自然を大切に育て上げ、きれいにしてくれているからだ。このようなことから、自然を守ることは大切だと思った。僕は、自分が小学校にいたころ学校の花を大切に育てたりして、自然を大切にする、「園芸委員会」というものがあった。そのような委員会があると、学校をきれいに華やかにできるのでとても頼もしい委員会だなとおもった。僕はその委員会に入ったことがないけど、花を育てたりすることなどは自然につながっていていいなと思った。

しかし、疑問が一つあった。なぜ、「自然委員会」を作らないのだろうか。今もまだ疑問に思う。

自然を守る取り組みはまだある。

「絶滅危惧種の生息地を守る」

という取り組みは、その名の通り絶滅危惧種の生息地を守る取り組みだ。

例えばツシマヤマネコだ。ツシマヤマネコは絶滅危惧種だ。ツシマヤマネコはツシマに住んでいて、その場所を守る取り組みが行われている。ツシマの車の道路を通る車には気をつけて走ってもらったり、ツシマヤマネコ警戒の看板を出したりする取り組みが行われている。

このことから、自然は人間にとっっっっても大切だ。自然がなかったら、森で遊ぶこともなくなる、動物が減っていく、きれいな景色がなくなる、酸素が減って二酸化炭素が増えたりと、いろいろな問題がある。だからその問題を起こさないためにも、自然は人間にとって大切だ。僕は自然は一つの生命、一つの命の数える。その理由は、自然は手入れをせずにそのままでほおっておくと、ごみが増え、葉も枯れ、みんなが気持ちよく遊べない自然になったりする。自然は人間がいないと、きれいになったりしない。だから、ぼくはしぜんは人間みたいに一つの生命と数える。そして子供たちがきれいな森で遊ぶこと、それを、

「自然とのふれあい」

というのだ。