疑問を持つことの大切さ
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私たちは普段、どれくらい疑問を持って生活をしているだろうか。私は以前まで、授業中のふとした疑問を、素通りしてしまうことが多かった。なぜこうなるのかを深く考えず、答えを覚えることばかりしていたのだ。ただ、疑問を持つことを意識し始めてから、理解への速さも内容量も変わったと思う。
私たちは疑問を持つ意識を変えていくべきではないか。そのために考えられる方法は二つある。
第一の方法としては、より良いものを作るために新しい発見を見つけることだ。日本で生まれたもので有名なのは何だろう。実は、あの胃カメラも日本発祥なのだ。ある医師からの「患者の胃の中を写すカメラを作ってほしい」という依頼がきっかけだった。試作品は見事に成功したが、疑問の声もあった。当時のものは、固い金属製の管や柔軟性の低いワイヤーでの操作が必要だったのだ。それもあり、「レンズと管を入れることで人体に影響はないのか」や「鮮明な映像撮影はどうしたら実現するのか」、「身体に負担の少ない短い時間で撮影できるか」といった疑問が出ていた。こういった多くの疑問から、それらの解決を重ねて現代の胃カメラに繋がったのだと分かった。胃カメラの発展は、現在、消化器系疾患の診断に欠かせない診断器具として、胃がんや胃かいようなどの治療に大きく貢献している。もっと便利にできないかという疑問から、新しいものが生まれたのだから、欠点を発見した人、その疑問に応えた人は凄いのだろう。
第二の方法としては、本質的な理解へと導き、理解を確かなものにしようと意識することだ。数学でよくないことは、「パターン化を自分の中でして暗記をすることだ」とよく動画などで目にする。私も以前、数学でわからない問題があったが、「こういう文章題はこれ」と勝手に決めてしまったことがある。これが間違いでそのあとの演習問題が自力で解けなかった。応用が効かなかったのだ。またテストでも偶然に答えがあってしまい、解き方が成立しないからと点をもらえなかったこともある。だから、より理解を深めるために自らなぜこの式が成り立つのか考え自分なりに説明ができるのが最良の方法だと思う。そのときはじめて疑問を持つことができるのだ。そもそも公式は本当に正しいのかといったものも出てくるかもしれない。それを解決していくたび理解が深まるのだと考える。こうして考えていくと学者も常に疑問を作ることに努力をしているのではないかと思う。あの天文学者であるガリレオ・ガリレイが放った「懐疑は発明の父である」という言葉がある。それはあらゆる事に疑いを持ち探求することで、新たな発見が得られることを意味している。ちなみにガリレオは「地動説」を発表した人だが、なぜ人々の中で信じられていた「天動説」に疑問を持てたのか気になる。
確かに、素直に物事を受け入れる姿勢も大事である。疑問を持ってしまえば答えにたどり着くまで程遠いかもしれないからだ。けれど「疑問を持つことは遠回りのようでいて、実は成長への近道なのだ」疑問、調べる、理解するという流れの積み重ねが成長を進める原動力となると感じている。疑問は理解を深めるための出発点であり、新たな発見への扉でもあるのだ。私は、疑問を持つ良さを知り、自分の成長へとつなげていきたい。