春は別れの季節

   小5 あきたお(akitao)  2026年4月4日

 「たおさん、元気でね」

僕は一年生の頃、宮竹小学校という小学校にいた。家庭の都合で引っ越すことになり、転校することになった。なぜなら、父が福岡タワーの近くにある素敵な戸建てを見つけて、そこに住むことになったからだ。それを聞いた友達はびっくりしていた。僕は友達と毎回外で遊んだり、友達の家でスプラトゥーンというゲームで何回も遊んでいて、とても親しい仲だった。終業式が終わった後、もう一人転校する山口さんが、一年生の通知表をもらった。帰りの会が終わった後、僕と山口さんが先生に呼ばれ、前に出た。するとみんな一人ずつの一言と先生からの言葉が書かれていて、表紙に英語でありがとうと書かれているみんなの気持ちがこもった、寄せ書きカードをもらった。そしてクラスの皆から、僕は非常に嬉しかった。今でもその寄せ書きカードは持っている。ずっと一緒に遊んでいた友達と離れるのは、まるで一生懸命育てていた蝶をを外に逃して、別れる時の気持ちと同じだと思った。しかし1、2年に一回くらい一年生の時の友達と、一緒に遊んだり映画を見たりしている。しかし新しい百道浜小学校という学校では、運動場に芝生が生えており、怪我をしにくくなるし、宮竹小学校には、いじめっ子がとても多かったが、百道浜小学校ではほとんどいじめっ子がいないから、転校して良かったとも思っていいるお父さんも同じような経験がある。

お父さんが小学生の時、ミッチフォックスという友達と、4年間一緒に遊んでいた。彼の家でお泊まり会をしたり、ラジオで遊んだりしていた。お父さんとミッチさんは、とても仲が良かったので、ほぼ毎日二人で楽しく遊んでいた。僕はお父さんとミッチフォックスさんがほぼ毎日一緒に遊んでいると聞いて、お父さんとミッチさんは友達の中でも、特に仲が良い方だなと思った。ある日ミッチさんの家族がモンタナに引っ越すと言っていた。お父さんは最後にミッチフォックスさんに、

「また会おうね」

と言ったがまた会うことはなかった。僕はずっと遊んでいた友達と離れて遊べなくなるのは悲しいし、少し寂しくなるな思った。今はミッチフォックスさんは、どこに住んでてどういう仕事についているか気になるなと思った。

大事な人と別れるのは悲しいがまだ友達であるということがわかった。そしてもし友達と別れてしまったとしても、その友達との思い出は一生消えないなと思いました。