不思議といえば(感)

    ()  年月日

不思議といえば、「私」というものが存在していること自体が不思議なことではないだろうか。気がつくと、勝手に生まれてきて、人種・国籍・名前などが決められている。その「私」を受け入れ、「私」としての生涯を生き抜いていかねばならないのだ。人間は、自分の人生を生きるとき、死ぬときにあたって、自分の人生は、自分自身にしか作れない物語であり、「私」という存在の不思議が、物語に生息している。自分の不思議な物語をさらに豊かにするためには、世の中にたくさんある不思議を知っておくことが大切だと考える。

確かに、客観的な意見や、見方は大切だ。自分では、見えなかったことも、客観的な意見で、大幅に変貌することがある。例えば、昨日、「3時間もぶっ続けで勉強した!」と思っていても、実際は解いた問題数が少なく、合間合間の集中が切れていたことがあった。塾の先生に、タイマーで区切って、時間配分を考えて、勉強するというアドバイスをもらい、実践してみると、とっても、充実した勉強になったなと自分でも思ったし、成績も上がって、とても勉強のモチベーションが上がった。自分の見えなかったところを客観的に考えると見えることがあると感じた。

しかし、同時に自分の考えを貫き通すことも大切だ。私には、将来の夢がある。それは、父が3代目となる塗り師の跡を継ぐことだ。小さい頃から、頭の片隅には、ずっとあった考えで、漆に囲まれて育ったため、そのような環境を世の中に広めていけるような塗り師になりたいと考えている。父には、職人として、作家として認めてもらえるか、わからないが、それなりに、頑張って、父を超えられるように努力したいと思う。この夢があるからこそ、自分が成長し続けられるし、自分の考えを貫き通すことの大切さを学んだように思える。まだまだ、未熟者だが、将来のために、今は、自分のやるべきこと、「学業」をこれからも頑張りたい。

このように、他人の意見というノイズに自分のうちなる声をかき消されてはならないという名言があるように、人間には、他人の意見を取り入れることも自分の意見を貫き通すことも必要である。その上で、大切なことは、いろいろ聞いたけれど、最後は自分で決めたという納得感で自分の人生という物語を創作し続けていくことではないだろうか。