技術の進歩
高1 あおやの(aoyano)
2026年4月4日
普通の市は、心臓が停止して血流が途絶え、それに続く全身の生命活動の停止として起こる。ところが脳が先に機能停止状態に陥ることがある。脳死と心臓死と決定的に違うのは、市が全身に及ぶプロセスやそのタイムラグではなく、中間的な体を作るからである。僕たちは、技術の進歩に見合うだけど精神を持つべきだ。
そのための方法としては第一に、問題点から目をそらさずに解決策を考えることである。僕が小学六年生の時学校の総合の時間で、KWNという映像コンテストに応募するというプロジェクトがあった。僕はそのとき映像撮影班のリーダーをしていた。そして、僕たち映像撮影班は一つの問題を抱えていた。それは撮影した映像の質が悪いということだ。これは決して撮影者の腕が悪いという意味ではなく、画質が荒いということだ。当時小学生だった僕たちは映像をとるための道具が学校から支給されていたアイパッドしか持っていなかったため、どうしても画質の高い動画をとることは難しかった。しかし、僕たちはより高性能な撮影機材を買うための資金もなかったため、一時はそのままアイパッドでの撮影を続けた。だが、必要な映像を撮り終えたあといざ編集するとなったとき大きな問題が発生した。撮った動画の4割ほどが画質が悪いせいで使い物にならないことが発覚したのだ。その結果残った動画をつなぎ合わせなんとか編集し完成させたものの、賞をとることはできなかった。このように欠陥や問題を無視して見過ごしてしまうと、その先でさらに大きな問題を引き起こしてしまう。どんな問題でも地道に解決していくことが一番の近道なのである。
そのための第二の方法は大勢でよく議論を尽くすことだ。例えば平成21年五月二十一日から実施された裁判員制度は、実際の刑事裁判に一般の市民が関わり、裁判官と一緒に刑を決めるというものだ。他人の罪を裁きその人生をも左右する裁判員には、将来誰もがならなければならなくなる。自分には関係ないと思い思考を放棄せずに、他人と協力しながら議論を重ねることが重要になってくるだろう。
たしかに技術の進歩は目覚ましく、人間の意識のほうがついていけなくなりがちである。しかし僕たちの技術の進歩へ必死についていこうとする意志が、世の中を変えていくのだろう。