清書
中1 あかな(akakana)
2026年4月4日
いつから世の中が矛盾を恐れるようになったのか知らないが、頭から悪いものと決めかかっている人が多い。どうも、矛盾には良いものと悪いものがあって、嫌われる、いわゆる矛盾は良いものを除外して考えているようである。数学的に言えばプラスとマイナスの和である。+5と−5を加えるとゼロになる。無為無能の状態である。こういう結果を招くような対立と矛盾がつまらぬものであるのははっきりしている。この平面論理という暴れん坊に踏み込まれたら、いかなる芸術の花も台無しになってしまうからである。詩における理屈はその一例にあるにすぎない。
私は、矛盾は良いと思う。なぜなら、ぜんぶ正解だとつまらない。ぜんぶ正解でないと何が悪いのか、と考えられると思うからだ。
第一の理由に、矛盾をしている方が楽しさに出会えるからだ。例えば私の友達は、よく矛盾する。先ほどまで、「私、吹奏楽部に入ろうかなぁ」と言っていた。しかし途中から、「でも顧問の先生マジ鬼だし、、」と言っていたりする。この場合私は「〇〇ちゃん楽器吹くの上手いから吹奏楽部入った方がいいんじゃない?」と返すか、「確かに他の部活の方がいいかもね」と返すか、よく迷う。しかし逆に、私はそれくらい矛盾したことを話している方が楽しい。なぜなら、矛盾していることを話す方がそれはその子の個性として受け止められるからだ。
第二の理由に、基本的に人間は矛盾する。だから、矛盾を本当のことに直すよりも、そのままにしておいた方が、人間の本当の姿が見える。親や、先生はその例になる。私の両親は、「こんなに難しい数学の問題よく頑張った」と言ってくれる時や、「あなたぐらいだったら、これくらいのレベルは100点取れて当然だ」と言う時があり、素直に喜んで良いのか迷う時がよくある。そこで私は、これも人間の魅力の一つだと受け止めるようにしている。なぜなら、そこで反論してら、私の両親は、段々とロボットに近づいてしまうからだ。
確かに全てが本当ではないと、段々と社会が混乱してしまうかもしれない。しかし、全てが全て本当のことだったら、それはそれでつまらないと思う。「悪いことそのものがあるのではない。時と場合によって悪いことがあるのである。」との言葉があるように矛盾は悪いことではない。だから私は、これから誰かが矛盾したことを話していたら、注意するのではなく、「あ、これも人間の一つの魅力だな」と考えてみたい。