思考と知識(清書)
社 わえへ(waehe)
2026年4月4日
教育に関しては、二つの面がある。一つめは知識の吸収である。人類が何千年かけて積み重ねた知識、物理の法則や動物の体の仕組み、薬の効果や歴史の記録などの情報を単に暗記することである。二つめの面は思考や創造である。例えば、新たな理論を考え出すことや、社会問題を分析して解決方法を作り出すようなこと。今までの教育制度は、知識の積み重ねを強調して、思考を軽視していた。それを解決して思考力を高めるために、今の学校は基本の知識までを思考させようとしている。しかし、このような思考を重視しすぎた教育で、基本の知識の教育が不足してしまう問題が予測できる。
この問題の第一の対策方法は、自然科学や数学のような理系の分野は、教科書を必ず与えるるべきである。つまり、今までの積み重ねられた知識を直接教える。私の高校の数学の授業で、数学の教科書を出さないで、生徒から公式を導き出す指導で教育された。このような指導は文科系の授業に適切かもしれないが、自然科学や数学の勉強にはかえって混乱すると思う。多くの人には理系は直感的な分野ではなくて、基本の知識を持たないで方式を自ら考え出すのはとても難しいのだ。私は大学に入ってから、化学や微分積分の授業を受けて、教科書や講義で直接知識が教えられた。このような指導で教育されて、私は高校の授業より多くを学んだ。要するに、理系の授業は直接知識を教育するべきだ。
第二の対策方法は、知識の教育と思考の教育のバランスをとること。例えば、普通の科学の授業では講義で知識を習って、ラボで実験をして思考を伸ばす仕組みだ。この仕組みはよくバランスが取れてると私は思う。さらに、科学の授業だけではなく、他の科目もこの制度を取り入れることができる。例えば、歴史の授業で「ラボ」は歴史的建造物を見に行ったり、昔の人はどう生活していたかを想像するような授業を行える。また、私は大学で人類学の授業を取って、周囲にある集団を実地調査する課題をやった。人類学者が行うような研究を少し味わって、いい経験だった。このように、知識の吸収と思考の育ちのバランスをとる教育制度を作るべきだ。
確かに自分から知識を考え出すチャレンジは、生徒の思考に大切だろう。思考を伸ばす教育は知識の吸収と共に重要な教育だ。さらに、それぞれの教育の指導はそれぞれの生徒に合うか合わないので、すべての生徒に合う指導を行うのは難しい。しかし、科学の授業、特に大学のレベルのような授業は、基本の知識が最初からないと先に進めない。この場合は、知識を直接与える方がいいと私は思う。教育は、思考だけを伸ばすの物ではなく、基本の知識を与えて、そこから思考を伸ばせるような物である。