お金ばかりではだめ

    ()  年月日

 数年前、森林関係の研究所に勤務している研究員のところに、ある村の村長が訪ねてきた。気が本来持っている価値を生かすことと、商品として木を高く売ることは、必ずしも一致しない。ところが、輸入材は木目も一定のものが多く、しかも大壁工法などの柱のない家の部材になることが多いから、部品を作る自動化工場のようである。僕は、物の価値をお金に換算せずに考えるほうがいいと思う。

 第一の理由として、お金に換算せずに物事を考えると、そのものの本当の良さが出てくるからである。例えば、僕たちがよく見かける、鶯、シジュウカラ、ひよなどの野鳥。これは、お金に換えられないものだが、とても価値のあるものである。例えば、朝、スズメや鶯などの声ば聞こえる。だが、それが聞こえなかったらどうがろうか。朝は、とてもさみしく、ひっそりとしてしまい、なんだか物足りないような気分になってしまうだろう。そんなわけで、野鳥の声というものは、価値も高く、お金にはできないというわけだ。それはまるで、お金をいくら出しても打ってくれない家みたいだと思った。

 第二の理由として、お金に物事を換算してしまうと、自分にとっても大事なものが分からなくなってしまうからである。例えば、自分が持っているかばん、それから、服、後は、おもちゃなど、色々ある。僕の中だと野球カードだ。具体的に言うと、僕は、引退してしまった選手の現役時代のカードや、現メジャーリーガーのカードを持っている。例えば、和田毅さんのカード、それから、村上宗隆など、もう手に入らなくなってしまったものは、お金にしようとネガティブになってはいけない。じゃあどうするかというと、これはもう手に入らないのだから、売ってしまったらイケナイ、と、お金というものを考えずに物ごとを大切にしてこそ、本当に大切にしていると言って良いことなのだ。つまり、大事なものは売ってはいけないというものだ。でも、カードでも、かーど(角)が壊れていては緒って残念だと思った。

 たしかに、物事をお金に換算してしまったほうが、物の価値が分かりやすいかもしれない。しかし、お金の物事をたとえてしまうと、そのものの真の価値が分からなくなってしまう。自分の大事なものの価値が分からないならば、そのものは真の財産ではないということだ。「財布が膨らむほど、魂は痩せ細っていく。」という名言があるが、まさにその通りだ。お金にばっかり頼っていると、自分の魂はどんどん存在が薄くなり、本当に大事なものが全く分からなくなってしまうので、お金に頼ってはいけない。そんなわけで、僕は、お金に物事を換算しないほうがいいと思う。