対応能力
高1 あいりき(airiki)
2026年5月1日
折り紙の、三分の二の四分の三を計算しないで答えを出す方法がある。人間の知性とは頭の中ですばやく計算できることといったことから経験を生かし、外の道具を使って答えを導くことという見方に代わりつつある。学校の文化の中で有能だった人が学校で教えられない分野でも有能であるとは限らない。場への適応力が有能さの本質である。僕たち人間は臨機応変に対応することが苦手である。そのため僕たち人間は適応力をもっと大切にするべきだと思う。
そのためには第一に、臨機応変な行動を心がけることだ。僕は、中学生の時に校外学習をした。それは市内各地にある施設を電車を使って回るというものであった。集合時間は規定されていたが、行先は班で決めることができた。僕は班長を務め行先、スケジュール等をすべて決めた。しかし校外学習当日、乗る電車を乗り遅れてしまうという事件が起こった。そこで僕は冷静に考え、臨機応変に対応することにした。僕は降りる駅を変え、電車を乗り換えることにしたのだ。奇跡的に素早く乗り換えることができた。もともと集合時間十五分前に設定していたのもあり、ぎりぎり時間内に間に合ったのだ。このように臨機応変に対応する適応能力が大切であると僕は思う。
第二の方法としては、学校教育においても、適応力を伸ばすことを大切にすることだ。僕は学校の授業を耳で聞くよりも自分自身で実験をし、体験するということが大切だと考える。僕が中学生の時、理科で鶏の頭を解剖するという実験を行った。実際に自分の手で行ってみると脳や神経を確認することができ少し怖かった。今となっては自分にとってプラスになった経験だなと感じている。ペーパーテストのようなものでは本物を扱うことができず、対応力を身に付けることができない。いざ実践した時に失敗してしまうことがあるだろう。僕はこのような経験を積むことができる学校教育を行ってほしいと思う。どんなに知識を持っていても、それをうまく使えないと社会では役に立てないだろう。体感することで対応能力をつけることができるのだと思う。
確かに体系的な知識を身に付けることは大切だ。しかし、「臨機応変に対応することは人生の糧となる」であるため実習を行い、適応能力を身に付けることが大切なのだと思う。普段の生活の中で最も大切なことはこの適応能力だといってもよいだろう。固定観念にとらわれず行動するということが大切なのだ。この能力こそが人間の本質なのだと思う。僕の座右の銘は、「冷静沈着」と「臨機応変」である。僕は対応能力に優れた人間になりたいと思う。