たびをする草や木のみを読んで
小4 あさりゆ(asariyu)
2026年4月4日
この話を読んで、ぼくがいちばんよく聞く話だなぁと思ったところは、人間のきものにくっついてはこばれる草のみの話です。春になってぼくの家に大量発生した草があります。ぼくのお母さんが、
「これは広場に生えている草やわ。毎日さんぽに行くから連れて帰ってきてしまったんやわ。」
と、びっくりしました。ぼくも広場の草むらでズボンが草のみだらけになったことがあります。指でつまんでもなかなか取れません。ぼくは、ウザいなぁと思いました。この話を読んで、あのときの草のみはぼくに運んでもらいたかったんだなぁと気がつきました。ぼくに指ではがされて草のみはガッカリしただろうなぁと、思いました。もし、またぼくに草のみがついたら今度は川に運んであげたいです。この話のさいごに、こうしてみると植物のたねのたびはたのしいハイキングや遠足ではなくて、めをだすばしょをさがしてあるくひっこしなのです、というところがあります。ひとところへたくさんのたねがおちないように、できるだけいきおいをつけて遠くへちらばってとぶのです、と書かれています。ぼくは、まるで一人立ちのようだなぁと、ジーンとしました。ひっこした場所で新しいおともだちができるといいなぁ、と思いました。もし、ぼくが植物のたねだったら、すべての方法をつかって南極にたどり着いてみたいです。