豊かな表現
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日本語には、多彩な水の表現があるのだが、こうしたオノマトペは、同質社会でこそ微妙な伝達の機能を発揮できるが、異質な風土異質な文化のなかに住む人にはさっぱり通じない。なぜなら、擬声語、擬態語というのは、あくまで感覚的な言語であって、言語の重要な性格である抽象性をもたないからだ。オノマトペは、いわば音楽なのであり、その意味を伝えることのむずかしさは音楽の与えるイメージを言語で解説する困難さと同じだといってよい。しかし、言語がその抽象力をもって伝達し得る領域には限界がある。もし言語がこの世界の全てを表現し尽くせるものなら、言葉さえあれば、何もかも理解できてしまうだろう。しかし、そうはいかない。そうはいかないからこそ、言葉では言い表せない別の表現を、人間は考え出してきたのだ。このことを通して、私は擬声語などの豊かな表現を大切にする生き方をしたい。
そのための方法として第一に、本をたくさん読むことだ。なぜなら、本を読むことで語彙力や表現力が向上するからだ。私は本を読むことが好きだ。その読んだ本の中でも、特に豊かな表現が載っていた本がある。例えば、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」という本では、不思議な響きのオノマトペである「ドッテテ、ドッテテ」や、天の川が流れている音である「しらしら」という擬声語が採用されているのだ。擬声語以外にも、「きーん」や「どててどてて」などの擬音語が活用されている場面も多くある。この本に限らず、いろいろな本で、他にも豊かな表現がたくさん使われている。そのため、本をたくさん読むということは豊かな表現を使うための第一歩なのではないだろうか。
次に、第二の方法として、擬声語や擬音語をたくさん使うことだ。本ばかり読んでいて、実際の日常会話で表現を使うことをしないと、学んだことがすべて水の泡になってしまう。「百聞は一見に如かず」ということわざもあるように、行動に移すことが一番大切なのだ。私も、職場体験で保育園に行ったことがある。私は二歳児を担当したいたため、いつも話している言葉が使えなかった。そのため、私は事前学習でオノマトペについて学んでいた。実際に擬声語を子供に話してみると、会話が通じたのだ。そのときは嬉しくてたまらなかった。この経験を活かし、これからもオノマトペについてもっと学ぶことで、子供たちと通じ合えると思った。このように、実際に擬声語や擬音語を利用することが大事なのだ。
確かに、抽象性のある理性的な言葉の方が事実をより正確に伝えることができる。天気予報で雨だった場合、ザーザー降っている、と言うより、50mmの雨が降っていると伝えられた方がはっきりしていてわかりやすい。しかし、『全てに効くという薬は、何にも、たいして効かない。』という名言があるように、それ以上に豊かな表現を大切にする生き方をすべきなのだ。私もこれからは改めて、豊かな人生を送るために、本を読むことと、実際に話すことを大切にしていきたい。