豊かな表現

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 日本がいかに湿潤な国か思い知らされる。日本人は「水の民」だと痛感する。日本人は水の音に親しみを抱き、安らぎを覚え、懐かしさを感じる。水音を表現した擬態語、擬声語が、その微妙な音を様々に伝えている。日本語には、こうした擬声語、擬態語がきわめて多い。それも水と深い関係がある。実際、他の国の言葉で日本語ほど多様な水の表現をもっている例はない。僕は、このような擬態語、擬声語に代表されるような豊かな表現を大切にする生き方をしたい。

 第一の方法は、本をたくさん読み表現を身に着けることだ。僕の学校では国語の時間に詩の学習をすることが良くある。その授業の時間でたくさんの表現を学び、表現力がついたと思う。例えば、中学の国語の授業で行った「春の歌」では、「ケルルンクック」という表現が出てきた。これは、冬眠から目覚めたカエルの鳴き声を擬音語で表現していた。

このように、「春の歌」などの詩や本などをたくさん読むことで、新たな表現を知ることができ、表現力を向上させることができる。

 第二の方法は、感情を豊かにすることだ。そのためには、自然などの風景を当たり前と思わず、細かなところにも目を向けることだ。例えば、歓声が豊かになると、夕焼けを見たときに「赤い」だけでなく「空がじんわりオレンジ色に染まっている」と感じたり、風の音を「さわさわ」と表現したりできるようになる。このように、自然や音、人の気持ちに敏感になることで、擬態語や擬声語を使った表現もより豊かになると思う。

 確かに、実のある実践的な言葉も大切だ。しかし「全てに効くという薬は、何にも、たいして効かない。」という名言が示すように、実用性のある言葉は、一つの深さや効果を損なうのである。だから、これからは擬声語や擬態語に代表されるような、豊かな表現を大切にして生きていきたい。