日本語とキリスト教の意味の違い

   小5 きききき(asakiki)  2026年4月4日

どうしたはずみか中央に行きすぎ、気づいた時には速い流れに流されていたのである。ジタバタしたり、必死になって戻ろうとしたり、激しい事ばかりしたのだ。浅いところは、私が泳いで遊んでいたあの岸のそばばかりではないと気づいたのである。

「……そうだ、何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか」

考えて行動してみたら私のももほどもない深さの所だった。流されて怖かったが、脱出できたことの喜びもあったのである。あなたがたを耐えることのできないようなことはなさいません。むしろ、耐える事のできるように、試練と共に、脱出の道もそなえてくださいます。

 一年生のお盆の日、スイミングからの帰り道に坂を車で通るのが当たり前だ。その日も同じ所を通ったが、てっぺんで急に車が止まった。ガソリンはまだいっぱいあったし、ガソリン漏れもしていなかったのだ。数分後エンジンがつかないことがわかったのだ。エンジンがつかなかったので、クーラーもつかない。暑い真夏なのになんで今こんなことが起こったのだろう?小悪魔に囲まれたような気持ちで落ち込んでいたのである。母がディーラーや保険会社、友人らに電話をし、私はその間熱中症にならないようにポカリスエットを飲んだり、何時間も行く一時間ごと新しい日陰を見つけたりばかりを繰り返していました。ポカリスエットはポカリでスエット、汗を取るものじゃない?とひらめきました。普通、レッカー車を呼ぶと速くて二十分、遅くても一時間くらいのものだが、なんだかんだ三時間〜四時間ぐらいかかってしまったのだ。お盆だったので道も混みもするし、休みだったりして、最悪な状況だったのだ。その夜が一番ぐっすり寝れた夜だった。

 他にはパグに追いかけられたこともある。私は犬アレルギーなのだ。その上、犬恐怖症でもあるのだ。しかし母の友達はパグを飼っているのだ。パグが外へ飛び出してきた時、思わず私は走って逃げてしまって、まるで漫画のようにクルクルしていたそうです。今までで一番怖いいぬ事件だったと思う。今でも思い出すだけで怖い。

 私はたまに人が オーマイゴッドゥ と言っている所に出くわす。そこで、もし私が Oh my God ! と言われている神様だったらすごく悲しい。どうしてかというと、 Oh my God! と言われているのは神様どうしてくれたの!困ったじゃない!という意味である。神様にクレームを言っていることと一緒じゃないか。神様がいないと助かんないんだから、少しのことだけなら、 Oh my goodness や Oh my gosh というべきだと思う。キリスト教と日本語はちょっと違うのかなと思うのだ。

 父にも似た話がある。父が小さい頃、遠足の前の日にお兄ちゃんとてるてる坊主を作って、ぶら下げようと思ってテーブルに乗ったそうだ。そしたら突然テーブルがひっくり返って、父の母が怒ったそうだ。

「遠足前にけがしたらどうすんねん?」

と不満な顔であきれて、父と父のお兄ちゃんの足を持ち、鳥の丸焼きみたいに逆さまでてるてる坊主みたいにされ殺されかけたそうだ。私だったら母にかけてもらうか聞いてからやったと思う。

 私は大変な時でもよく考え、落ち着いて行動したら大変な時でも命が助かるということがわかった。これからもピンチなことや失敗したとき、困ったときや、絶対絶滅の時はこの文章を思い出してマイナスのことを考えないようにしたら良いと思った。