色ガラスを通して見えるもの

   中3 すみひな(sumihina)  2026年5月2日

皆さんは読書に夢中になったことはあるだろうか。きっと、YouTubeを見ている、インスタを長時間漁っているなどという人の方が多いかもしれない。しかし、画面を眺めて時間をつぶすのと本を読むのとは全く別のことだ。インスタを見てできることはせいぜい自分を外の世界に連れ出すことくらいだが、読書は自分を自分自身の中へ引き戻す。一冊の本を開くだけでそこには別時代の、まったく違う人生が広がっている。一冊の本で人生が変わることだってある。なにもスマホをみることも音楽を聴くこともやめて読書だけに専念したほうがいい、というのではない。読書によってそうした別の楽しみが一段と豊かになるのだ。私も最近本を読む機会が少なくなっているが、夢中になれるものをどんどん増やして充実した人生を送りたいと思う。

 その第一の方法は、一回興味を持ったものにとことん向き合ってみることだ。私は小学5年生の時に鉱物に興味を持ち、宝石を自分で探し当てて家に飾りたいと思うようになった。その夏に図書館から本を借りて調べ、石を拾いに海に行ったのだが、思うように見つからず無力感を味わった。しかし、石のことをもっと知りたいと気持ちは消えず、石を拾っては種類を調べるというサイクルに没頭し、幾度となく繰り返した。今では、私は石についてそこそこの知識を持っているし、海に行って石を集めることを今でも楽しみとしている。物事の面白さはある程度続けなければ分からないのだ。

第二の方法は、周りで起きた物事に一つ一つ心を配って生活する習慣をつくることだ。『「バイアス社会」を生き延びる』という中野信子さんが書いた本では、人間の脳の仕組みとして「自分だけは無色透明のガラスを通して物を見ている」と思いがちだと述べられていた。しかし私はそのバイアスさえも夢中になるには、大切な一つの役割を果たしているのではないだろうかと思う。レオナルド・ダ・ヴィンチなどの芸術家やバッハなどの音楽家はまさに自分から自分のバイアスに飛び込んでいる人物だと言える。何かに没頭し、自分独自のバイアスを確立してこそ夢中になって楽しむことができるのだ。

確かに、夢中になってばかりいては周りの声が聞こえず、自分だけが正しいという思い込みにはまってしまう。だが、「客観的」であること以上に、情報過多の現代においては、自分なりの確固たる色ガラスを持つことの方が主体的に生きていく上で大切だ。「失敗することを恐れるよりも、真剣でないことを恐れたい」という松下幸之助の名言があるように、私も何事も真剣に向き合ってバイアスをつくりたいと思う。みなさんも最初から興味もないものに一生懸命取り組むのではなく、夢中になれるものを探せるよう、バイアスを確立することから始めてみてはどうだろうか。読書のように自分の時間をさかのぼったり、未来のことを予想したりするだけでも「あの時はこんなことに興味があったなあ」と思い出すことができる。興味があることを突き詰めるのは今からでも遅くはないのだ。