人間と機械の共生
小5 はるまき(akoruka)
2026年5月2日
人間は機械と同じなのだろうか。人間は複雑な機械にすぎないのだろうか。人間は、いつも生きるために行動するということが、機械と違うのである。機械は生きていないから、生きるために行動するということはない。そして人間は、ただ変わるのではなくて、進歩し、高等になってゆくのである。機械は使ってゆくうちにむしろ性能が落ちてゆくのだから、人間とはまるで反対だ。私がこの長文を読んで一番印象に残った事は、人間は複雑な機械では無いという事だ。人間には心があり、機械には心が無いというのは、もちろん分かっていた。だが、もっと深く考えていくと、これからの時代では、人間と機械はどのように共生すれば良いのだろうかという疑問にたどり着いた。
私が持っている万歩計は、歩けば歩くほど、キャラクターが応援してくれる。応援が無いよりは、頑張ろうと思える。だが、学校の100メートル走でクラスメイトがしてくれる応援とは、やっぱり違うのである。
「がんばれー!」
「あとちょっとだよー!」
重くなってきた足に沁みる、クラスメイトの声。あたたかさがあって、心から頑張ろうと思える声援だ。もしこれが機械だったら、私はあまり頑張ろうと思わないかもしれない。なぜかと言うと、機械には応援しようという気持ちが無く、機械の応援は、心がこもっていない「作られた」応援なのである。そのため、あたたかい心を必要とする時は、人間の力が無いと心は満たされないのだ。
父と母に、機械について聞いてみる。すると、まず「AI」や「ChatGPT」といった言葉があがり、母がこう言った。
「人間は、あまり面白くない事を『これやって』と命令されたら、嫌な気持ちになって、快く引き受けない事が多いよね。だけどAIは、何度同じ事をしつこく聞いても、命令されても、快く引き受けてくれる。だから、AIにも良いところがあるんだよね。」
確かに、人間だったら「ちょっとわかんないなぁ⋯」となるところを、ChatGPTなどは、チャッと用事を済ませてくれる。そういう意味では、機械にも良いところがある。そして私は、調べ物をする時、勉強をする時など、あたたかい心を必要としない時には、機械が便利なのではないかと考えた。だが逆に、絵や文、小物や音楽など、人間が手掛けたら絶対に同じ物ができないものは、人間が手掛けた方が良いと思う。そういったものには、生きているものにしか表現できない、目に見えないエネルギーがあると思うからだ。
人間は豊かな感情を持っているが、機械には感情が無く、誰とでも同じように接するように「作られている」。繰り返すが、調べ物をする時など、感情を必要としない時には、機械が便利だ。だが、生きているものにしかない、あたたかい心が人間にはあり、人間と接する事が、何よりも幸せにつながるとわかった。だから、AI時代に突入していく私たちは、機械を便利に使用しながらも人間と接する事を大切にして、バランスが良く充実した日々を送っていきたい。