学習とは
中1 あこりお(akorio)
2026年5月2日
生物界の中でヒトという種を特徴づけてみると、優れた学習能力がほぼ一生にわたって維持される、ということが挙げられる。大型哺乳類がある一定の環境に適応して身体が進化してきたのに対して、ヒトは、そういった身体上の特徴を持っていないので柔軟性があり、さまざまな環境に適応しうる。学習は、社会的な性格を持つことにつながる。私は学習とは、動物にとっての狩の練習と同じで、生存するために必要不可欠なスキルだと考える。私は、人間にとって学習することは良いことだと考える。その理由は二つある。
第一に、学習することによって私たちは生きるためのさまざまな技術を身につけることができるからだ。私は三、四歳からピアノを習っていて、今もコンクールなどに出場してピアノを続けている。今取り組んでいる曲に取り掛かるまでは、ピアノは将来何の役に立つのか、と思っていたため練習も辛く、苦しかった。しかし、今はピアノを弾くことがとても楽しくて、楽しんで練習している。きっと、自分の感情のコントロールや効率の良い努力の仕方を学んだからだ。また、自分の技術が上達してきたせいもあると思う。生活には全く関係ないと考えていたピアノから、私は礼儀、努力の仕方などさまざまな社会で求められるスキルを学べた。一見役に立たなさそうな学習でも、自身の成長につながるのだと感じた。
第二に、学習することによって人間は大きく成長できるからだ。ヒトの脳は、学習によって構造が変化するらしい。例えば外国語を新しく学んだとすると、脳は、大きくなり、密になる。言語学習を数ヶ月続けると、記憶を司どる「海馬」やや言語処理を行う箇所の容積が増加し、情報伝達の接続性が強まり、脳内のネットワークがより効率的に情報をやり取りできるようになるらしい。さらに、これは年齢に関係ない変化であり大人や高齢者が学習を始めた場合でも起こることが確認されているらしい。私たちは、年老いても学び続けることで、充実した脳、人生を送ることができるのではないだろうか。
確かに、遊ぶことも時には息抜きとして重要だ。しかし、目が悪くメガネをかけ続けると目がモノを見ようと努力しなくなるように、遊びすぎは禁物だ。「辞書のような人間になることではなく辞書をうまく使えるような人間になることが勉強の目的である。」という名言がある。ただ知識を詰め込むだけの勉強は、学習というのだろうか。今や何でもAIだ、インターネットだ、と自分の脳で考える事を諦めている気がする。学校でもそうだ。わからなければ調べて良い、と言われ、私たちは考える事をおろそかにしてしまっている気がする。知識を詰め込むのは、AIだけでいい。自分で考えることのための材料として知識を詰め込むのなら良いと思う。本当の学習とは、ヒトにしかない、素晴らしい「脳」を活用し、得た情報から何を感じ取るか、それが重要だ。私は、人間にとって学習することが良いことだと考える。