人間に必要なものとは

    ()  年月日

  旅をすることで人間は生きていく上で何とわずかなもので足りることがわかった。普段の生活がいかに無駄なものでしめられているかがわかるのである。人は生きるために何を必要とし、何を必要としないのかそれをもう少し考えていくべきだと思う。

 楽をして快適に過ごす生活は良いと思う。近代社会では動作一つで快適に過ごせるような製品が年々増加していっている。その代表的な例として挙げられるものがスマートフォンだ。スマートフォン略してスマホはここ数年の人類の生活の仕方に大きな変化をもたらした。スマホの中にはガラ携帯にはないAI機能が搭載されている。これが人類に大きな変化を与えた原因だと思う。昔はレポートを書くにも問題を解くにも辞書で調べなければならなかった。しかし、現在はスマホで調べて情報を集められるだけでなくAIにレポートを書いてといったり、問題を送ってこの解答を教えてといったりするだけで完璧なレポートや解答が返ってくる。たった一言送るだけでとても楽に先生に褒められるようなレポートの作成をできて快適に過ごすことができるようになった。そのため、大半の人類が苦労して学ぶということを知らない社会になってしまった。そして、それは勉学の話だけではない。昔は団扇であおぐいがいに夏を涼しく過ごすことができなかった。しかし、今では扇風機のボタン一つ押すだけで快適に涼しく過ごすことができる。ほかにも、電車の時刻表を紙で目を血眼にして探さなくてはならなかったが今ではスマホだけで簡単に見つけることができる。身近な大人の話によると電車の時刻表を見ていても今ほど繊細でなく、ある程度の時間を予測して電車を使っていたため早く来すぎたり、遅くつきすぎたりすることがあるそうだ。現代の暮らしは昔に比べて本当に楽に快適に過ごせるようになったと思う。

 しかし、昔ながらの素朴な生活も大切だと思う。現代社会では家の掃除をすべてルンバに任せてしまったり、掃除機で終わらせてしまったりと機械に頼りすぎているように感じる。確かに機会に任せていれば自分の好きなことをしている間に気づいたら終わらせてくれていてとても便利だ。しかし、時には素朴な生活の仕方、ぞうきんを自分で使って掃除するのもよいと思う。ぞうきんは何度もきつく絞らなくてはならないし、腰を曲げて一生懸命こすらなくてはならない。手も荒れ、腰も痛くなる。だが、達成感は得られると思う。そして、隅々まで自分の思うままにきれいにすることができる。ルンバや掃除機などでは入り込むことのできない部分も多い。しかし、自分だったら自分のやりたいところを好きなだけ掃除することができる。だから、素朴な生活の仕方も良いと思う。

 確かに楽をして快適に過ごす生活も昔ながらの素朴な生活にもそれぞれの良さがある。しかし、一番大切なことはこの世で生きたいように生きるほうがいいという名言のように自分の行きたいように生きることだと思う。