古きよき?新しきもの?

   中2 ジュンノスケ(akasiyu)  2026年5月1日

 世間一般ではら抜き言葉が日常的に使われている。敬語の意味で見られる、来られるなどを用いるが、受け身や可能では見れる、来れる、と「ら」を省略してしまっているのだ。このら抜き言葉が生まれたのはどうやらつい最近のようでこれを認めるかどうかは賛否両論である。ワードでも青色の下線が現れる。これは非常に気になる。実際に「ら抜き言葉を厳粛な会話で用いるのはよろしくない」という意見がある一方「現代になってら抜き言葉は広く浸透しているので問題ないのではないだろうか」という意見もある。古いものを大切にするのか新しいものを認めて浸透させていくのかどちらがいいのだろうか。

なぜなら新しい最新鋭のものにはない古いものならではのカッコよさがあるからだ。

僕は鉄道が好きだ。特に209系が大好きだ。JR209系は、1993年に登場した軽量・省エネ設計の通勤電車で、103系の後継として京浜東北線大量投入され、現在房総地域の各路線に活躍の場を移している“新系列”の基礎を築いた重要形式である。

僕はこの209系のどこが好きか。前面の見た目も非常に魅力的だが、何と言ってもドアの開閉音である。時間がたつにつれてスピーカーが痛むのか音が変わってしまったのだろう。JRで初めてドアチャイムを導入した車両なので無理もない話だが車両ごとに異なり非常に興味深い。不協和音になっている車両もあり、これもまた面白い。もし最新鋭車両でこれを再現しようとしても何か違う結末になるのではないだろうか。これは古いものならではの良さだと思う。

一方で新しいものの良さもある。古いものは性能において新しいものに劣ることが多い。古い車両は新しい車両に比べモーター音がうるさかったり、速度が遅かったりするのだ。現代の速達性が求められる社会では古い車両は新しい車両に追い出される定めなのである。普通の人から見れば音がうるさいのは迷惑だし、速度が遅いのは時間に間に合うかという話になるので不便である。また最近の新型車両は工夫を凝らした近代的な顔をしている。JR山手線を考えるとわかりやすいであろう。また車内の設備も新しい車両ほど見やすく使いやすいものになっていることが多い。このような面から見ると新しいもののほうが優れているともいえるかもしれない。

古いものにも新しいものにもそれぞれの良さがある。しかし最も大切なのはどちらが良いとかではなく、今ある物の持ち味を最大限活用していくことなのではないだろうか。そうすれば今の社会をより快適に過ごすことが出来る。新旧関係なくその物自体の強みを生かして動かしていく臨機応変の対応力が重要なのではないだろうか。どんな身近なものであってもいや身近なものこその新旧の概念を抑えた活用を進めていきたいと思った。