努力

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 ひとつの集団は、1人の裏切者と、1人の犠牲を産み出すことによって完成される。つまりその時、集団は論理的に構成されるのだ。新約時代、キリストとユダは「裏切者」としてのユダを完成させることで集団を安定させた。ここから、「裏切者」はやがて発明されねばならない予感がする。「裏切者」とは集団の対人関係の、独立して自己完結しようとするメカニズムが生み出す形態である。言うまでもなく、集団が自己完結を目指すのは、集団が衰弱し始めている証拠なのである。私たちは、集団の空気に流されず、自分で考えられる人間に成長するべきだ。

 そのための方法としてまず、誰かを嫌いになった時、自分の感情か周りの空気によるものなのかを確認することだ。中3の体育祭で、私の学年は演舞をした。私はバトンを習っており、隊形移動や振り付けを覚えることは普通の人と比べると慣れている方だったと思う。なので、隊形や振り付け、構成を決められる演舞リーダーに立候補して、練習に励んだ。練習をする中で、私のブロックの団長と話し合って構成を決めている時、私の思っていることがなかなか伝わらなかったことがあったり、練習終わりのミーティングであまり締まらないことを話したりすることがあった。そのため、私は団長に少し不満を感じていた。今年の春、高校生になりクラスが少し変わった。私の学校は学力でクラス分けをされている。そこで、団長が私と同じ1番上のクラスに上がってきた。最初は体育祭のことがあり気まづかったが、話していくうちにどんな話でも聞いてくれるとても優しい人だということが分かった。体育祭の時は私がバトンで慣れているので先生からもチヤホヤされてしまって、周りの空気に流されてしまっていただけなのではないかと思い直した。

 また、第2の方法として空気を壊す勇気を持つことだ。

私はバトントワリングをしている。スポーツをしていると欠かせないことは、クラブ内の上下関係を意識しなければならないということだ。ある日、発表会の準備でブルーシートを床に貼る作業があった。私たち中高生はブルーシートを勝手に貼ってもいいのか、と議論になっていた。なぜなら、そのブルーシートは誰かのお母さんが買った新品のものだったからだ。そこで、優しい先輩に聞いたところ、貼ってもいいよと言ってもらったので、皆で協力してブルーシートを貼った。貼り終わったところで怖い先輩が来て、「なんで勝手に貼ってるん!?貼りますって一言言いなさい!!」と怒られてしまった。だが、私たちは違う先輩にきちんと確認をとっていたため、呆気にとらわれた。本当はそこで言い返せば良いのだが、どうやら私が練習を休んでいた間に先輩と中高生で何か揉め事があったらしく、言い返せないでいた。そのことを知った私は、自分は何も関わっていなかったので、中高生を代表して「ちゃんと確認とりました!」と言ってきた。先輩が怖くて事実と違う話をされても反論しないでいると、実際とは違う解釈をされて誤解を生むことがある。だから、忖度せずに自分の思ったことをストレートに言う「おばちゃんマインド」を若いうちに身につけておくことをオススメする。

 確かに、集団の知恵や経験は個人より優れている場合もあり、周囲に従わず自由な行動をとることが必ずしも悪いとは言えない。そこで、「努力はすぐには報われない。だから、報われた時に本物になる。」という私の格言を心に留めておいて欲しい。集団で過ごしているとどうしてもその人の本性のようなものが見え、集団で過ごすことが苦になることがあると思う。他の集団に行ってみたい、1人の時間が欲しいと思うこともあるだろう。そこで重要になってくるものが、努力であると私は思う。何かの目標に向かって努力を続けていれば、いつか結果が出て、周囲の人に認められ、人間関係が回復していくことに繋がるだろう。だから私たちは、集団の空気に流されず、自分で考えられ、さらに努力する人間に成長するべきだ。