生きるためには
中3 あえれま(aerema)
2026年5月1日
日本人の魂の奥底には、いつも水の音が鳴り響いているのである。日本人は水の音に限りない親しみを抱き、安らぎを覚え、日本語には、オノマトペが沢山ある。わたしは、語彙力を付け、豊かな生き方をしたい。
そのための第一の方法として、本をたくさん読み、良い、素敵だと思った言葉を探すことだ。約七年前の小学校二年生の頃に読んだ児童書に「すみれちゃん」という本があった。主人公のすみれちゃんの将来の夢は、小説家である。すみれちゃんは、表紙にすみれの花が描かれているノートに、本を読んでいいと思ったことばを集めていた。一時期、わたしもそのようにして言葉を集めていた。だがしかし今はやっていない。いまは英語の長文問題のわからなかった、知らなかった単語集めに必死である。
第二の方法として、いろいろなたいけんをすることだ。失敗も、成功も、多ければ多いほどいいのだと思う。嫌なことがあれば忘れるまで待てばいい。足りなかったら誤魔化せばいい。わたしは、一昨日まで行なわれていた長崎修学学習に、参加出来なかった。いや、サボったということにしておきたい。何故ならめちゃくちゃに元気すぎたからである。一日目は行かないと決めた時から楽しみにしていた推しのライブに行った。初めて生で観た推しは、ものすごく顔が小さかった。そして当然だが可愛かった。尊かった。その日は高揚感で、眠れなかった。二日目は、自分でもびっくりするほど勉強した。悔しかったので、クラスメートが勉強しないときに勉強してやろう、と思った。この日の頑張りは自画自賛できるくらい凄かったと思う。何といったって英語の参考書を一から最後まで一気に仕上げたのだから。三日目以降は、その参考書の問題部分を間違えたところだけ何度も解いた。もう長崎修学学習は終わって日常が戻ってきたが、今朝までで十周はした。もう答えは覚えた。ちなみにこの参考書は中学英文法を全て網羅している参考書だったので、ついでに英語の中学範囲も終わってしまった。
確かに、語彙力がなくても、人生を送ることはできる。だがしかし、ゆたかになるかどうかは、自分次第である。また、「人生に無駄なことなんか、ひとつもない。生きるってことは、いろいろ経験すること。その時は、自分とはまったく関係のないことのようでも、その経験が大切に思える時がきっとくる。」というフジコ・ヘミングの名言もあるように、人生を大切にすることだ。