日本語は今まで(感想文)

   小6 あかすな(akasuna)  2026年5月3日

 日本語は、今まで日本民族によってしか使われたことのない内輪の言葉だ。だから日本語は、外国人によって学ばれ使われた経験がないために文法が学びにくいのだ。しかし今、徐々に外の視点を加味して整理されていることが芽生えてきている。日本語は明治から今までの百年間で変わってきており、外国に日本語を教えることに大きな障害になる。日本はこれからどうやって日本語を刈り込んでいったら国際普及の日本語になるかということを考えなければならない。これは国家的な事業としてお金をかけ、真剣に取り組まないといけないと思う。

 私はこれまで日本語を使う中で、不便だと感じたことが何度かある。例えば、数詞の多さや、カタカナ語が多いこと、一つの漢字に音読みと訓読みが複数あることなどだ。その中でも特に印象的なのは、一つの言葉に複数の意味が含まれることである。「いいよ」という言葉は、「必要だ」という意味にも「いらない」という意味にもなりえるため、まるで暗号のように感じることがある。また、「大丈夫」や「結構です」も、場面や相手によって意味が変わるため、分かりにくい場合がある。さらに、言葉そのものだけでなく、話し方や声の調子によって意味が決まることもある。そのため日本語では、言葉だけでなく、その場の雰囲気や状況を読み取ることが重要になる。このような特徴は難しさでもある一方で、相手への配慮や思いやりが表れやすい言語であるとも言える。

私の学校には多くの外国人の生徒がいて、日本語を一生懸命学んでいる。しかし外国人にとって日本語は、意味の多さや表現の複雑さから難しく感じられることがある。そのため、教える際にはまず簡単なあいさつや短い文から始め、段階的に学ばせることが大切だと考える。一度に多くの内容を覚えようとすると混乱してしまうからである。絵やジェスチャーを使えば意味が理解しやすくなり、繰り返し使うことで自然に身につくため、少しずつ練習することが効果的だと思う。

 方言についても調べてみた。すると日本には地域ごとにさまざまな方言があり、あいさつの言い方も異なる。例えば関西では「おおきに」、九州では「よかね」といった表現がある。これは地域ごとに異なる歴史や文化の中で言葉が発展してきたためである。方言にはその土地ならではの温かさがあり、まるで地域ごとの宝物のようだと感じる。しかし、方言を知らないと意味が分からないこともあるため、理解には注意が必要である。

秋田と東京の言葉を比べても、話し方に違いがある。秋田では「け」という一言で「食べてください」という意味になることがあり、初めて聞く人には驚きとなる。一方、東京の言葉は標準語として教科書などでも使われているため、多くの人にとって理解しやすい。

このように地域によって言葉が異なるのは、昔、人々が離れて生活しており、交通手段も発達していなかったためである。その結果、それぞれの地域で独自の言葉が発展した。また、気候や文化、産業の違いも言葉の変化に影響を与えたと考えられる。

言葉とは、人と人とをつなぐ大切な道具である。そのため、少し分かりにくい表現は工夫し、より伝わりやすい形にしていくことが必要だと思う。「小の虫を殺して大の虫を生かす」ということわざがあるように、小さなことにこだわるよりも大きな目的を優先することが大切である。つまり、細かい言い回しにとらわれすぎず、相手に正確に伝わることを重視する姿勢が重要だと考える。そして言葉も時代に合わせて変化させていくべきだと思う。