生贄による秩序
高1 蜩(aeriya)
2026年5月2日
一つの集団は、一人の裏切者と、一人の犠牲者を生み出すことによって完成される。つまりその時、集団は論理的に構成されるのである。言うまでもなく、集団が自己完結を目指すのは、集団が衰弱しはじめている証拠である。しかし、集団は常に、いつかは衰弱期を迎えるものであり、自己完結することを目指すのである。現に今でも「裏切者」と「犠牲者」によって自己完結を目指しつつある集団をたびたび目にする事ができる。一つの集団を律する原理は、新約時代からちっとも進歩していないのかもしれないのだ。私たちは、内部に敵を作らなくとも一つの目標に向けて協力できるようになるべきだ。
そのための第一の方法として、失敗を他人の責任にして、責任を逃れることだけを考えるのではなく、自分の努力不足と捉えて、その後にどうするべきか積極的に考えることだ。いつまでも他人の批判をして、自分は成長しようとしなければ、その後も一切結果が変わらないだろう。しかし、自分の反省をして、今後に繋げて行けば光は見えてくるはずである。私は中学の時、吹奏楽部に所属していた。私の学校は、実力としては正直上手い方ではなく、コンクールでは大抵の場合地区大会止まりだった。私の部活の習慣として、演奏会や大会が終わった次の日は必ずその反省会をする。そこでは、全体と自分のパートの良かった点と反省点をパートごとに発表し、言いたければ、個人の反省もいう事ができる。今までこの場はただ反省してそれをメモする場に過ぎなかった。しかし私の代から、この場で出た反省を元に改善案を出し、それを実際に実行する取り組みが始まった。例えば、私の部活では基礎練が足りないため、毎週火曜日に必ず朝練に出て、基礎合奏に参加知るようにした。このような努力の結果、私たちの代で八年ぶりにコンクールで県大会に出場することができた。このように、失敗を他人の責任にして、責任を逃れるのではなく、自分の努力不足と捉えて、その後にどうするべきか積極的に考えることだ。
第二の方法として、コミュニティの中で、内容をきちんと公開することだ。例えば、政治家が急に「来月から消費税を二割に増加させます。理由は国家機密のため公開できません。ご了承ください。」と言われて、納得する国民がいるだろうか。いるはずないと私は思う。恐らく、批判や抗議が殺到し、最悪の場合暴動が起きるだろう。そのため、政府はいつでも情報を公開し、「現在こういう状況であり、このような経緯でこの決断に至った」と説明する必要がある。そうすれば、少しは国民の理解も得られるはずだ。(前述の例では規模は違えど、暴動は起きるだろうが。)しかし、これらが守られなかった時代というものがある。例えばヨーロッパでは、君主制で国王があまりにも好き勝手をし過ぎたのが原因で民衆の不満が爆発し革命が起きていた。一つの敵を作ることで集団が団結する事があるが、この場合、国王自身がその「敵」となっており、自分で墓穴を掘っているようなものだ。このように組織が内部から崩壊しないためには決定した内容を公開することが重要である。
確かに、組織の中で共通の「敵」を作ることによって、変えられてきた歴史が多くある。いや、そのような歴史が大部分を占めているかもしれない。私たちは、「敵」という名の「生贄」を捧げて、勝利することになれってしまっている。しかし、「生贄」を作って団結した組織というものは、それが消えた途端に崩壊するものである。このような事にならないためには、「敵」を作らずとも団結する必要がある。敵を作ってしまう根本的な原因とは、外部からの悪意でも、内部からの不満でもなく、自分自身の姿勢にあるのだ。ここから、私たちは共通の「敵」を作る事なく、団結できるようになるべきだ。