想像力

   高3 とやさく(toyasaku)  2026年5月4日

 自分自身で感じる痛みなどの感覚を他人に感じさせようとするのは不可能であり、相手の立場に立って痛みを想像するしかない。このとき、相手を人間の仲間とみなして接し、相手がロボットであろうと心があるものとして接するのである。しかし、現代社会では、他人を心あるものとして扱える想像力が欠けている問題がある。

 原因の一つ目として、道徳教育が機能しきれていないことだ。日本では義務教育期間中に道徳の授業を行うことになっているが、授業で知ったことを実践している人は少ないように思える。私はバスの優先席に座っていた時、少し離れた場所に高齢の女性を見かけたため、勇気を出して声をかけ、席を譲ったことがある。しかしなぜ、彼女の近くの優先席に座っていた若い男性は席を譲らなかったのだろうか。席を譲ろうとした人には、以前いたたまれない出来事があったのだろうか。もしかすると、席を譲られる側の指導も必要であるかもしれない。

 原因の二つ目として、特に幼児の実体験の不足だ。外で友だちと遊び、時には喧嘩をすることはコミュニティーの中で社会性を身に付ける良い機会である。だが、今の小学生は半分以上、中学生は八割が自分のスマホを所持している。よって、現代の子どものほとんどが外出せずにスマホ一つで社会を知った気分になれるのだ。それは、実体験を通して社会を知ることよりも軽率で想像力が育まない行動である。

 このように、私は現代社会の問題として、他人を心あるものとして考える想像力が欠けていることを挙げる。想像力を豊かにすると、社会にいることがより苦しくなってしまうことも問題なのかもしれない。