したいことをする
中3 あんじゅ(aenoyo)
2026年5月3日
創造には、信念の力がいる。必要は、英語で主に2通りの意味がある。1つは「ニーズ」で外部の状況を判断して割り出した必要性だ。2つ目は、「ウォント」だ。ウォントは自分の心の中から出てくる必要性である。私は創造にニーズも必要だが、どこかの時点でウォントが生まれないとダメだと思うのである。自分の将来を決めていくという時は色々な情報がある。色々な方法からニーズを割り出して進路を決める人が多い。しかし、ウォントにそれが切り替わらない限りどこかで挫折すると思う。物を作る過程には、総じて飛躍というものが必要だ。飛躍するには内なる欲望の力を借りないといけないのである。私は必要だからするのではなくて、したいことをしながら生きていきたい。
第一の方法は、目標を定めて実現させようなとする強い信念を持つことだ。私の学校では毎学期、中間テストと期末テストがある。どちらのテストもテスト前になると、勉強を始める。テスト勉強は、集中力が必要で帰宅後に勉強するため疲れていてやる気が出ない。特にI年生の頃は目標も特に定めずに「ただただやらないといけない」と思ってやっていたため、点数も特に高くなくて、とにかく机に向かう時間も少なかった。しかし、中学2年生になってから徐々に点数をとりたいと思うようになった。それからは、まずは平均より10点以上などの目標を立てて勉強するようにした。3学期には、テスト全て80点越えという目標を掲げだ。結果は、数学のテストだけ除いて、80点を超えた。全教科とならなかったのは悔しかったが、目標を立てたおかげの結果だと思う。中学I年生の頃に比べて、10点ほど点数が上がって成果が出てきていて嬉しかった。それからも、小テストにしろ、学校生活の中で目標を掲げて過ごすようになった。自分が努力しようと思うのは、目標を思い出した時であり、やはり目標は私たちの集中力ややる気を上げてくれるものだと思った。
第ニの方法は、社会の固定概念に縛られないことだ。私の学校の創設者、新島襄は社会の固定概念に縛られなかった偉人と,言えるであろう人物だ。江戸時代の日本の鎖国時代に、無断でアメリカ行きの船に乗った。キリスト教を、学びたい心と、学校を建てたいという思いから、危険性を理解しながら、アメリカに渡った。当時、江戸時代はまだ身分制度も残っていて、海外に行かないのは当たり前という、昔ながらの固定概念があった。そんな中彼は、バレたら死ぬ覚悟で社会の固定概念を破り、船に乗った。英語もまともに喋れない状態で、1人で船に乗ったのだ。結果、彼は無事にアメリカに渡り、10年ほど向こうで暮らして帰国した。一般的に考えると、あり得ないことだ。鎖国中で、国から出るなど国民のほとんどが思わなかっただろう。さらに、1人で言語が通じない場所へ行って、英語がペラペラになって帰ってきたのだ。この時代の固定概念を持ってた人からすると、あり得なかったと思う。しかし、新島は自分のしたかったことのために全人生を捧げて、挑んだ。彼は最終的に夢だった学校を創設した。社会の固定概念に縛られずに自分がしたかったことをしたことで夢を叶えれたのだ。彼の体験から私たちも、社会の考えなど気にせず、したいことをする大切さを感じる。
確かに、世の中には必要なこともたくさんある。しかし、熱意のあることや夢中になれることを見つけていきたい。今自分が感じた熱意はいつ冷めて、いつできなくなるかわからない。私達は、周りの目や考えなど気にせずに、やりたいことや、夢中になれると感じたことを積極的に取り組むべきだ。この好奇心や「したい」という気持ちはいつ冷めてしまうかわからい。だからこそ、冷めないうちにやるべきなのだ。「あの時したかったことをすればよかった」と後悔しても取り返しはつかない。したいと思ったことは、そう思った時にやるのが最も楽しいだろうし、良い思い出にもなる。必要なことばかり優先して、その時にか出来なかったことを逃すのは勿体ない。「やりたいことは、全部やる。失敗しても、やらないよりはマシだ」という名言があるように、失敗しても、またやって見ればいいだけだ。熱意を持ったこと、したいことを、周りなど気にせず取り組んでいくべきだ。