柔軟な人間の創造力
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人間には、機械と似たところもあるが、機械と人間は同じではない。人間はいつも生きるために行動するということが違う。人間はただ死なないように行動しているという事だけではなく、進歩発展するという点で機械と違う。私が「さて、人間を科学的に」を読んで、一番すごいと思ったのは、人間は進歩しようと思わなくても進歩するということだ。
私は人間には想像力があると言うところが一番すごいと思う。その理由はニつある。一つ目は、私が五年生の四月の下旬に図工の課題でAIの生成画像を試したことだ。運動会で踊る、ソーラン節で着るハッピの背中の柄を生成画像で作ってもらった。ソーラン節とは、北海道のニシンを取る漁業の時に、少しでも漁業をするのを楽しくさせようと思って始まった踊りだ。最初は歌を歌ってニシンをとっているだけだったけど、そのニシンを取る漁業の歌が代々伝わって、今の伝統の踊りとなった。私の小学校でも、五年生が運動会でソーラン節を披露するのが伝統となっている。
そのソーラン節を踊るときに着るハッピの背中側に、自分の名前の漢字一文字を入れて、その漢字を崩してデザインにする時のアイディアを考えるという課題が出た。私は「香」と言う漢字を選び、生成画像で作ってもらった。すると香の下のところに富士山が入っていた。それを見たとき私は自分好みのものだなと思ったが、富士山の真ん中にバラの花が細かく書かれてあった。私はそれを自分で書こうとしても、多分潰れてうまく書けないと思った。だからAIに「訂正して」と言うと、今度はシンプルになりすぎて、自分の思うようにならかった。
このようにAIには良いところと良くないところがある。良い点はAIに自分がひらめかないアイディアをもらえると言うことだ。良くない点は、見た目は自分の好みに合わせてくれるが、いざそれを書こうとすると細かいデザインすぎてうまく書けず、訂正してと言うと今度はシンプルになりすぎることだ。つまりAIと言うのは極端で、臨機応変ではないと言うことだ。
ニつ目は、つい先週、調べものをしようとしたときに音声入力を使ったことだ。学校の探究の授業で、八王子の魅力をお団子にいっぱい詰めて、スーパーで売ろうと言うプロジェクトが先生から伝えられた。その時先生が「じゃあ皆さん、今からお団子の案や八王子の魅力を調べてください」と笑顔で言った。なので、私はパソコンを開いて、音声入力で「焼印で高尾山の天狗を入れたいなぁ」と言って検索してみた。すると「高尾山の天狗を焼けクソに入れるんですね。了解しました」と出てきたので、私はとてもムカついた。その時、私は音声入力はまるでポンコツ機械だと思った。
このように音声入力にも良いところと悪い点がある。良いところは文字で打ち込まなくても良いので、楽に口で喋っているだけで文字が打てると言う点だ。悪いところは、正確にできておらず聞き間違えたまま突き進んでしまったりする。つまり機械は考えが浅いので、人間が思っても見なかった方向に行ってしまうということだ。
人間は、やはり意識せずとも考えることができるが、機械はそれができない。パスカルが「人間は考える葦である」と言ったように、人間はか弱くても自然に考えると言う意思と力を持っている。人間は創造で、いろいろなことが生み出せるのだ。