ものの価値

   中1 あきえや(akieya)  2026年5月4日

 木が本来持っている価値を生かすことと、商品として気を高く売ることは、必ずしも一致しない。山の木を単なる商品にしてしまわないためには、職人的な腕が生きていいなければならない。美しく、大きな森を育てていこうとする村人の腕や、製材職人の腕、木の特性を活かしていこうとする大工の腕などが健在である間は、木と人間は一体化して、木の文化をも作り続けることができる。ものの価値は、お金がどうとかではなくそのものの良さについて考えるべきだと思う。

第一の理由として、お金に換算せずに物事を考えると、そのものの本当の良さが見つかるからである。私の親友に、絵が上手で将来は漫画家の夢を持つ子がいる。放課の時は、自分のノートに絵を書いていたりすると通りかかる人は必ず

「上手だね。」

などと褒められるくらいである。ある日その子の机の周りにはたっくさんの人だかり医ができていた、何かを話しているようだった。耳を澄まして聞いていると、

「その絵、売らないの?」

と話しているのが聞こえた。確かに、売って良いくらい綺麗な絵もあるだろうし、絵柄が好みの人は尚更ほしいのではないか、と考えていると、

「お金が欲しくて描いているわけじゃないんだよね。」

と答えている声が聞こえた。周りの人達は、もったいないだとか損しているだとか話していた。正直言って私もそうなのではないかと最初は思った。帰る時なぜ売らないのか聞いてみると、お金がほしいわけではないし、漫画家になりたいのは自分の絵を広めてたくさんの人に見てほしいから、なのだそうだ。それを聞いた時、考えが180度変わったのである。お金の価値よりもその絵の良さについての価値で見た方が、よほど面白いし、最も気づかなければならないことも見つかるのではないかなどと考えるようになったのである。

また、第二の理由としては、お金に換算してものの価値を考えると、そのものの価値が見えなくなることがあるからだ。ある時、宝石を展示している美術館に行ったことがある。そこには、数々の宝石があり、ダイヤモンドやルビー、サファイアなどのきらびやかな空間となっていた。また、一つ一つの宝石に説明がついてあり、どこで見つけられたか、どのような特徴を持っているのか、そして最後におよそ何円になるのかと示されていた。

宝石となると、ジュエリー店などで販売されているのではないだろうかと考える。しかし、本当にそれで良いのだろうか。もちろん綺麗な宝石である。ネックレスや指輪などに取り入れてみたいなどと思うのは当然に近い事だと感じる。だが、よくよく考えてみると宝石が綺麗だと言われるのは、希少さがあり、永遠に輝き続ける、地球が作った美しさだからなのではないだろうか。綺麗だと感じるものにお金の価値を押し付け、高く売るなどと言った行為は本当にそれで良いのだろうかと考えてしまう。だが、全てお金で換算するのは良くないのではないだろうか。

確かに、ものの価値をお金で換算していかなければ経済が発展せず、暮らしも豊かにはならないであろう。オスカーワイルドの名言である、「最近の人は、あらゆるものの値段を知っているが、何も、そのものの価値も知らない。」は、価格と価値は別物であると言う意味を持っている。つまり、物は価格で見るよりも価値で見るようにし、お金という存在よりも価値で見るべきだと私は思う。