日本語の豊かさ(清書)
中3 あかるら(akarura)
2026年5月4日
その方法として第一に、幼い頃から様々な表現に触れることである。子供の言語発達や感性を形作る期間は一般的に九歳までであると言われている。だからこそ、幼少期に多くの音や人間が作り出してきた擬声語・擬態語を味わう経験が、「音」を大切にし、できうる限りの形で表現すること、つまり日本語の豊かな表現を堪能する姿勢へと繋がってくるだろう。私は幼い頃から絵本を楽しんできた。今振り返れば、このような本はリズム感や表現方法に注目して作られていたのだろう。特に幼稚園に入園してからは、「音」によく耳を傾けるようになった。中でも公園に出向き、風で木の葉がすれ合う音を感じる、という授業は自然と触れ合うきっかけとなり、今なお印象的である。これらの経験は今にも生きている。本を読むときにはレトリックや音を意識し、作文を書くときでも豊かな表現を取り入れられるよう心がけている。豊かな表現は意識しなければ用いることは難しく、相手に伝わらないこともあるだろう。幼い頃に発達し身に付くこれらの表現は、的確に情報を伝達する働きを持つというよりも、コンテクストを共有し適切に用いられれば大きな力を発揮する上、思考を広げ、深める効果もあるのだ。
第二の方法として、日本語の考え方を理解することである。繊細な擬声語や擬態語、比喩表現などは日本ならではの言語文化である。それを理解して初めてその意義を実感し、大切にできるようになるのではないか。それは外国語を学んで初めて理解できることも多い。私も今、英語の学習に励んでいる。単語を暗記する際に例文とその日本語訳を確認しているが、二つの言語によって同じ内容でもその捉え方が大きく異なるところが興味深い。例えば、英語では主語を常に出し、明確に表現するのに対し、日本語では主語が表れていなくとも話が通じる。漫画においても、英訳での効果音の単一さには目を丸くする。日本版の方が人物の人数やリアクションの度合いに応じて微妙なニュアンスを伝達する効果音が存在するのだ。このように見ると、日本語自体が相手に的確に伝えることを主とした言葉であるというよりも、言葉の綾や飾られた表現を楽しむことに特化した言語だと言えるのかもしれない。
確かに抽象度の高い言葉は伝わり方が均一になる。オノマトペを一つとっても人にとって使い方、捉え方が異なり、そこに齟齬が生じる可能性もある。例えば「ドーン」という単純な効果音であっても、衝突音を表現したものなのか、それとも巨大な物体の登場を表したのか、人によって判断が分かれることがあるだろう。しかし「言ひおきて、あまれることなきは、いとわろし」という言葉がある。近年の海外を中心とした漫画やアニメ・邦画の話題で日本語に注目が集まる時代だからこそ、私は日本ならではの豊かな表現を大切にできる人間になりたい。それは日本の本質を理解した上での充実したコミュニケーションに繋がるだろう。