社会変革の担い手
高3 うた(aimee)
2026年5月4日
社会の発展段階を、その時代で最も盛んな産業に基づいて考えるとすると、私たちは今、情報社会から次の社会へとの移行をしていると言える。そして、その産業では大量生産や軽薄短小などの言葉で表せないものが主流となる。知識集約産業と表現される情報社会にて整えられた端末を利用する、コンテンツの生産が必要になるのだ。ここにおいて、人間の心を動かすものを創造する能力、すなわち感性が求められる。情報社会の後、私たちは「感性社会」に生きることになるのである。今後、ものづくりにおいてもサービス業においても感性が重要視されるのは間違いない。そうして私たちは、感性社会を意識しないまま自らを高めることに、限界を感じるようになる。
その対策の一つとして、学びの場において、感性をのばすことを忘れないことが大切である。もちろん私たちは何をするにおいても、ゼロから生み出すことはとても難儀なことである。よって基盤となる知識、経験は必要だ。その量を重要視したのが情報社会であるとすると、これから感性社会を生き延びようとする私たちは、知識を「感性のエサ」にする必要がある。例えば、私たちは学校で様々な歴史を学ぶ。歴史は私たちより先に生きた人々が、何をして、結果どうなったのかを知ることのできる面白い学問だ。それをただ単に偉人、もしくは歴史的に失敗した人物の話として片付けるのではなく、糧とすることが大切である。自分の人生だけでは得られない経験を疑似体験することで、視野が広がり、感性は豊かになるだろう。
また、仕事や勉強の評価をプロセスに注目して行うことは、感性を意識することにつながる。感性社会に移行するにあたり、正解のない仕事はどんどん増えていく。例えば顧客がどう考えるかなど、確証をもって言える人はいない。今の時代、AIに相談することもあるだろうが、もしAIがさらに発達し、人間の感情を細かく分析して「人の心を動かす作品」まで大量に作れるようになったとしても、変動的な人間の心を完全に読めるとは考えられない。それゆえに結果のみを評価するのは、無為なことであり、プロセスの評価が肝となってくる。また、プロセスを意識した評価において、失敗はデータである。というのもこのやり方では、うまくいかないという知見を得たと考えることができるからだ。失敗を恐れることなく挑戦できるという余裕があることで、他者の心の動きを考えることができるだろう。また、独自のやり方が評価されるようになることで、周りと比較されることに怯えず、自身の感性を磨いていけるのである。
確かに、ものの量を重視することは大切だ。人は生活をする以上、ものを必要とする。ものの効率的な生産が可能になったことは、人間が成し遂げた偉業である。しかし、産業革命からしばらく経た今の時代において、数に固執しすぎることは私たちの足枷となる。今後、個々人に求められるのは、人間の心を動かすものを創造する能力だ。習得すべき力は、普遍的なものではなく変動的なものである。その波に乗ることができる人間が、これからの社会を作っていくのだ。