想像力
高2 あうては(auteha)
2026年5月4日
他人の痛みがわからない人が増えていることは問題だ。
第一の原因は遠距離化によって想像が伴わなくなったことだ。インターネットの普及により、私たちは自身と立場も背景も状況も何もかもが異なる事例を日常的に目にするようになった。それらの物理的にも精神的にも距離の遠い出来事に全く現実味を感じないままただ触れていると次第に自分事として捉えない癖がついていく。そして他人の痛みを想像できない癖はそういった日々の習慣から形成されていく。私は普段から悔しいことや悲しいことがあった時に泣くのを我慢していたら、泣きたい時に泣けない体になってしまった。何か悲しいことがあっても心が悲しみに嫌でも蓋をしてしまうのだ。同様に、他人の痛みを想像する力も日々の習慣によって失われてしまうではないか。そうして遠い距離の人だけでなく身近な人の痛みもわからなくなっていくのだと思う。
第二の原因は価値観が多様化したことだ。昔と比べてコミュニティの概念が薄まり、自分の触れられる範囲が格段に広がった。そしてその分価値観も多様化した。人の価値観は周囲の人間や環境から形作られるものであるため外部からの思想、情報の流入が全くなく、内部で完結した一つのコミュニティの中では価値観はほとんど統一されると思う。しかし、現代のような人々の往来が激しく、インターネット上には無数の情報が溢れている環境下ではどうやっても人々の価値観は多様化せざるを得ない。右を見ても左を見ても、視界に入る人は全員が全員、自分とは異なる環境に住み、全く違う情報に接している人々である。そのため、価値観の違う他人の痛みを理解できないことが間々発生する。
確かに自分の感情を制御することも大切だ。何でもかんでも感情を移入し、他人のあらゆる不幸を自分ごととして捉えていたようでは到底メンタルが持たないだろう。自身の想像力をシャットダウンして、他人事として受け流すことも時には重要だ。しかし、想像力は絶つものではなく築くものである。争いごとを避け、穏やかで調和の取れた人間関係を築いていくには他人の痛みを知ることが大切である。想像力によって心と心を繋ぐことができれば、充実した人間関係を築き、ひいては充実した人生を送ることができる。