間をとること
中1 つぐほ(aonoha)
2026年5月4日
話し上手の人がいるがその人はおしゃべりとは言わない。それにはおしゃべりの人は間を取るのを忘れていて話し上手の人は間をうまく取り入れている違いがある。また、「サーヴィス」の気持ちから間を持たせることがあるがそれがいつの間にか自己陶酔になってしまうことがある。どんな名言でも隙間なく積み重ねられていては効果を発揮できないように適宜、話に間をとることができれば聞き逃すことも少ない。余韻や余情は間の活かし方がかかわっていそうだが実質を備えていれば自然に間ができてしまう。僕は話の間に間を入れるのは良いと思う。理由は二つある。
一つ目は聞き手の頭の中で内容を整理し、理解を深められるからだ。例えばノートだ。僕は昔、余白の使い方がへたくそで分かりやすいとは言えないノートを書いていた。しかし、最近になってそのコツが少しわかってきた。そこで気が付いたのが、ノートの余白をただ作ればよいのではなく、自分の考え、補足、コラムなどを余白に書き込み理解をさらに深めるためにあるということだ。それが会話にも言えることは明らかだ。余白を使って、頭の中を整理し、自分の考えを頭の中で巡らせ考えを深められる。つまり言葉をちゃんととらえるには余白が必要だ。
二つ目は話し手の理解も深まるからだ。話し手もただしゃべっているだけでは伝わらないから自分の考えをうまく組み立てようとする。すると、自分が見えていない側面が見つかるという可能性もある。例えば、先生にこんなことを言われたことはないだろうか。人に教えれば、内容の90%が理解できるようになると。調べたことはないけれど二つの理屈はたぶん同じだろう。人に教えるには自分も理解しなければならないということだ。
理解さえできれば間なんてなくても良いという意見もあるかもしれないが、「人は口が一つしかないのに耳は二つあるのはなぜだろうか。それは自分が話す倍だけほかの人の話を聞かなければならないからだ」という名言があるように話し手が間をつくって聞き手が相手の言葉をなんとなくで理解するのでなく、頭の中の余白を使って自分の考えまで巡らせられることが大切だ。僕は人の話を聞くのがうまくないが、間ごとに自分の考えを入れてみたい。