数年前、植林関係の研究所に     (感)  安井 孝

   中1 あえたや(aetaya)  2026年5月4日

1木の文化は、樹齢200年を超えた大木が、柱になった後も堂々と建物を支え続け、生き続ける姿を思い描いていた。それが細切れにされることなど、容認できることではなかったのだ。商品価値を高めることが、木を侮辱することであってはならないと思った。そして、その気持ちを仕事の中で実現させる職人たちで売るともにあったのである。物の価値をお金に変換せずに考える方が良いと思う。

2第一の理由は、お金に換算せずに物事を考えると、その物の本当の良さが見つかるからである。たとえば、手作りの食べ物や、お菓子や、物などは、価値が決して高いわけではない。だが、市販のものを買うよりかは、手作りのもののほうが、心がこもっているのである。

3第二の理由は、お金に換算して考えると、人生が貧しくなるからだ。ウルグアイの大統領がその例だ。ウルグアイの大統領ムヒカ氏の言葉が印象的だ。「『世界一貧しい大統領』と呼ばれている。だが、自分では貧乏とは思っていない。なぜなら、本当に「貧しい人」は、ぜい沢な暮らしを保つためだけに、働く人だ。」何でもお金に換算して考えると、人生そのものが貧しくなる。とムヒカ氏は言っている。だから、お金に変換して考えずに、生きていきたいと思った。

4確かに、ものの価値をお金に換算して考えるとわかりやすい。しかし、「雑草とは、まだ、その美点が発見されていない植物のことである」という名言もあるようにお金には換算できないものの価値というのも大事にするべきだ。