父が父でなくなっている

   中2 あけふし(akehusi)  2026年5月3日

 父が父の役割を果たしていない。父としての役割は、立派な父でないと果たすことができない。立派でない父が家族を統合しようとし、理念を掲げても、家族から無視されるだけである。父でなくなった父の典型が「友達のような父親」である。価値観を押し付けることは絶対にしない。子供の自主性を重んじて決して強制はしない。そういう父親の子供は「自由な意志」を持つようにはなるが、精神力がなく無気力になりがちなので簡単に不登校になったり、逆にわがままになると「いじめ」に走ったりする。「友達のような父親」は、実は父ではない。対等の関係では、文化を伝えることも、生活規則、社会規範を教えることもできない。「物分かりのいい父親」は父の役割を果たすことのできなくなった父と言うべきである。

 昔気質の頑固で厳しい父親は良いと思う。厳しい強い父親に育てられた子供は、普段から厳しく育てられるから責任感のある子供になると思う。もし厳しく育てられてなかったら子供は甘やかされすぎて何でも許される環境なので、子供は「自分の思い通りになるのが当たり前」と感じやすくなってしまう。そのため、嫌なことを我慢したり、失敗しても最後までやり抜いたりする経験が少なくなり、我慢や責任感が育ちにくいことがある。なので友達の約束を守らず、人に迷惑をかけても全く気にしないようになってしまう。すると、大人になってから、ルールを守ることや人に合わせること、困難を乗り越えることに苦労する場合がある。

 一方、物わかりの良い友達のような父親にも良さがある。親に甘やかされず優しく育てられると、自分を否定ばかりされず、気持ちを大切にしてもらうと、「相手にも気持ちがある」と自然に理解しやすくなり、人を思いやる力ができる。誰にも指示されずに自分だけの判断で行動できる自分で考える力ができる。必要以上に人を怖がらせず優しく対応できるようになり、自分を極端に責めすぎずあきらめない前向きな考えになるような安心感や失敗しても大丈夫だから挑戦してみようと言った挑戦する勇気が芽生えると言った研究結果がある。

 確かに、頑固な父親にも物わかりの良い父親にもそれぞれ良さがある。しかし、一番大切なことは、「子どもは批判で育つと、人を責めることを学ぶ。愛情で育つと、人を愛することを学ぶ。」という言葉のように、教育より愛情の方が一番大切なことで、愛情があれば家族の絆を良くする方が大切だ。だから、僕も息子には厳しくしすぎたり、甘くしすぎたりせず息子のためを思った愛情や教育を大切にしていきたいと思う。