人と学習
中1 あかささ(akasasa)
2026年5月4日
生物界の中で人という種を特徴づけてみると、優れた学習能力がほぼ一生にわたってい維持される、ということが第一に挙げられるだろう。大型哺乳類についていえば限られた条件下において反映しうる生物であるといえる。反面、サルの仲間は、そういった身体上の特徴を持っていない。さらに生まれつきの行動の仕組みが比較的少なく、雑食でもあることから様々な環境に適応しうる。いわば、他の大型哺乳類は、特殊化するという方向で進化してきたが、サルの仲間は、環境に対する柔軟性において進化してきたということだ。また、さるはもともと学習する種である、と言い換えることができる。このような事情は、人において一層顕著に認められる。人はほかの類猿人と比べ得てさえ、生まれつきの行動の仕組みが少ない。さらに、それぞれの個体の経験だけでなく、ほかの個体の経験を原語などを媒介して利用することができる。こうして集積された知識がなければ、人はいかにも無力な動物なのである。僕は、人間にとって学習は大切だと思う。そう思う理由は二つある。
一つ目は、学んだ方が人生楽しいと思うからだ。なぜなら、例えば姫路城を見た時、なんか空いている穴を見て、「なんか穴空いてるな~。」と思うより「わ~これ教科書で見た例のやつだ~。」と思った方が気分が上がり、より楽しめるからだ。また、僕の祖父は、畑仕事をやるのと同時に、住んでいる地域の歴史について調べ、本を作ろうとしているのだが、興味があることを知り、文章を作ることが好きらしいので、(国語教師の性?)本を作るのがものすごく楽しそうだからだ。
二つ目の理由は、学習するといろいろなことが身に付き、役に立つからだ。僕は、雑学とかのyoutubeをよく見るのだが、まだそういう経験をしたことはないが万が一の時、役に立ちそうだからだ。例えば、「人が感電しているときは、ドロップキックで助ける」や「ストーカー行為をされているかもと思ったら、右に4回曲がって(4回曲がると同じ場所に戻るのでストーカー確定)」などだ。これらのことをを知っていると知っているのと知っていないのでは、行動は変わってくるのでとても役に立つだろうからだ。
確かに、遊ぶことも大切だ。ずっと学習ばかりやっていると疲れてしまうので、適度な休憩が必要だ。しかし、ずっと遊んでばかりいると、旅行などに行ったときや何かしようと思ったとき、いざという時に困るのではないだろうか。また、「天は人の上に人を造ラズベリー、人の下に人を造らずと言えり」というとても有名な名言があるが、これは「生まれながらの身分の差の違いはないが、学ぶかどうかで人生の差が生まれる」という意味である。だから、僕は学習は大切だと思う。