やっぱり日本語はむずい‼

   小6 あきひろ(asiguru)  2026年5月4日

 日本語は、いままで日本民族によってしか使われたことのない内輪の言語、つまり部族言語です。日本語の字引はすべて国語辞書です。日本語の辞書は、ほとんどすべて日本語を内側の視点からしか見ていない。フランスでは、高等教育を受けた知識階級が話すフランス語と庶民が話すフランス語がいまだにちがうのは、庶民はお金をかけてフランス語を勉強していないからである。日本語は、明治時代からかけて驚くほど変わった、野放図な自然言語だ。日本語国際普及の一つの大きな課題は外の視点を取り入れた日本語辞典をつくることだと思う。そして、これは国家的な事業として相当大きな研究課題としてお金をかけ、真剣に取り組まないと、どうにもならないと思う。

 英語で自分のことを表す単語は「I」で自分のことを言い表すことができるが、「わたし、ぼく、オレ、おいら、わし、うち、わて、せっしゃ、おいどん」などと言い回しがある。日本語には、「敬語」という外国人にとっても日本人にとっても狭き門と通った人しかできない単語がある。その単語は主に三種類で分類されていて、尊敬語・謙譲語・丁寧語がある。「高市内閣総理大臣がおっしゃっている」は何々語に分類されるかわかるだろうか?答えは、尊敬語である。ポイントは、「言っている」を「おっしゃっている」に変えているので尊敬語に当たるのだ‼

ぼくが、ひっかかった日本語は「雨模様」という言葉だ。ぼくは、「雨模様」という言葉を雨が降っている様子だと思っていたけれど、本当の意味は、雨が降りそうな様子のことだった。この文を書いた筆者の言う通りで日本語は今の言葉をすべて捨て、根本的に変えることがいいと思う。

 母の話だ。「ステップマザー」は「まま母」という意味であるが、「ステップファザー」は「まま父」という意味だが実際に「まま父」という言葉はない。なんだか難しい日本語だ。英語では、簡単に言い表しているのに日本語としては、意味を知らないと分かりにくい。日本語には、こういう外国の言葉がたくさん混ざっていることが分かった。ぼくも、同じ言葉でも意味がすぐに伝わらないことがあり、日本語の奥深さと難しさを感じた。

 日本人にとって国語とは、誰もが誇りにもつことができ、日本人らしさが出る言語であって、人と人をつなぐ一つの武器だと思う。だからこれからも大切に扱っていかなければならないということが分かった。筆者がいう通り日本語を変えるというのは、国家的事業として取り組むことが大切である。国家として取り組むには、ぼくたちも意見を述べていかなければならないと思う。代表的な例として、「国語辞典の内容を変える」や「海外の人向けの国語辞典をつくる」これらを計画し実行に移すことが大切だとぼくは考える。