豊かな表現
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日本語には擬声語や擬態語が豊富だ。このように表現が豊かであることは日本が湿潤で水が豊富な国だということに関係している。雨が降る音は、雨粒が大きければ「ばらばら」細かければ「しとしと」、降り始めであれば「ぽつぽつ」跳ね返れば「ぴちゃぴちゃ」などがある。その他の水音には「ザーザー」「ちょろちょろ」「ざぶざぶ」「ぱしゃぱしゃ」「どぼどぼ」など、実に様々な表現がある。日本には、日常の中にこんなにも多くのオノマトペが潜んでいるのかと改めて驚く。他国では、水の音を表現する言葉は、7個ほどしかないらしい。そして、そのほとんどが「バケツをひっくり返したような雨」と表現するときを例に挙げると「bucketing」のような擬声語や擬態語ではない、名詞を使った形容詞なのだ。私は豊かな、日本の豊かなオノマトペを大切にして生きていきたい。
その第一の方法には、日頃から耳や目などの感覚器官に神経を集中することだ。表現力を身に着けるためにはまず、その音を耳で聞き、手で感じなければ伝えられない。私は、何事も自分の器官を働かせなければ正しい情報が得られないのだということを体感したことがある。バッハの小フーガをパイプオルガンで演奏している動画を見、それについて自分の感想を書くというレポートを家でしたときのことだ。私はレポートのことをすっかり忘れており、書くのを面倒くさいと感じ、音楽など聴こうとも思わずにレポートを書いた。少し内容が違っているくらいだろうと高を括っていたのだが、学校で友達のレポートを見せてもらうと、その充実度の違いに驚いたことを今でも覚えている。情報は自分で感じとらなければ表現に大きな差が出てしまう、ということを表していると言えるだろう。
第二の方法は心理的・精神的に自分が安心できる環境を作ることだ。緊張した状態では、神経を研ぎ澄ませようといくら頑張っても何も聞こえない。学校などの教育現場では主に動画鑑賞などをして表現力を高める取り組みが行われている。しかし、考えてみると、家のリラックスできる環境で視聴したほうがより多くの情報を得られないだろうか。これは実際に研究でも証明されている。脳は緊張に弱く、緊張すると前頭前野(思考を司る)の機能が低下し、海馬が負の記憶を呼び起こすため、頭が真っ白になりやすい。そのため、結果的に表現力も低下してしまうというわけだ。私は、ある程度喋ったことのあるようなクラスメートなら緊張しないのだが、クラス替えがあった当初は初対面の人と話す際に言葉が出てこず、一緒にいた友達に「語彙少なくなった?」と聞かれたものだ。(笑)
確かに、具体的な言葉の方が相手に伝わることもある。だが、意外に、的確な言葉ほど伝わりにくいことが多くある。個人的に尊敬している、オノマトペを多く使用した文筆家に小泉武夫さんがいる。彼はいろいろな発酵食品を研究している農学者なのだが、著書を見ると多種多様なオノマトペが使われているので、イメージが湧きやすく、紹介されているものはなんでも食べたくなってしまう。これが具体的に描写されていたらきっと私は本を読む気がなくなるだろうな、と思った。私は彼のように、豊かな表現を大切にして生きていきたい。