清書

   中3 あんじゅ(aenoyo)  2026年5月4日

 何を読むかという前に、まず何はともあれ、夢中で読むという体験を一度味わう必要がある。一度読む楽しさを知った人は、後は放っておいても、読書の本能によって自分にぴったりな本を求めていくのだ。私は何かに夢中になることだ。

そのための方法として第一に、途中で諦めず最後まで頑張ることだ。私は普段から読書をするのが好きだ。小学生の頃は銭天堂などのシリーズものをよく読んでいた。中学生になると、子ども向け文庫本から離れて大人が読むような本を読み始めた。小学生の頃は恋愛や、学校生活に関係する本をよく読んでいたが中学生になってからは、東野圭吾などのミステリー本が面白くてよく読んでいる。だが、中には大人向けのものもあり、読んでいるうちに話が難しくなったりするものもある。すると、徐々に読む気力が失せてきて、読むスピードが急激に落ちる。しかし、それでも諦めずに毎日読書を続けることで物語の展開がどんどんと加速していき面白くなってくる。すると、本を読むスピードがまた、上がってくるのだ。そうなると、いつも一気に読み終えてしまう。最初は面白くないと感じても、諦めずに読むことで犯人の動機や証拠など自分が思ってもいなかった結末が待っている。その結末に速く辿り着きなたくなって本を進むスピードがとても早くなる。そうすると、一瞬で読み終える。やはり、頑張って諦めずに読むことは大切なのだ。

もう一つの方法は、好きなことに没頭できるような空間を作ることだ。私の夢中になれる好きなことは読書だ。私は、読書をする上で1番安心して読書をできるのは、家のリビングで読んでいる時だ。自分の部屋で読書するのも集中するが、なぜか心があまり落ち着かない。それに静かすぎると違和感を感じて集中して読書できないため、自分の部屋では読まない。リビングの柔らかいソファーにもたれながら自分の好きな体勢で読める読書は集中できる。それに、集中して読書をする時はなるべく課題を終わらせてから行う。「課題をしないといけない」という気持ちがありながら本を読むとだんだんと不安になってきて、適当に文字だけを読んでしまう時があるのだ。だからこそ、課題が終わっていなくて自分の不安なことがあり、安心できない時に読書するのは、その気持ちが邪魔になり全然楽しんで読書をできない。本の肝心な中身が入ってこず、読書を楽しいと感じられなくなってしまう。自分の心が休まる場所や、落ち着く場所で読書をするのが最も読書を楽しんで過ごせている気がする。

確かに、わざわざ何でも夢中になる必要はない。しかし、何かに夢中になることで集中力が上がる。例えば、読書は自分が集中できるようになる練習になる。自分で読むことで漢字の新たな読み方が知れたり、読書から学ぶことも多い。自分の好きなものは、していて楽しいはずだ。そのため、何かに夢中になることは自分にとっても心の支えとなってくれるはずだ。せっかく今の間に、何かに夢中になれる時間があるのだから、自分でその環境を作って時間を設けるべきだと思う。自分が夢中になれることは、きっと自分の想像力も広げてくれる。「人生とは、人生以外のことを夢中で考えているときにあるんだよ」という名言があるように何かに夢中になれるからこそ、楽しいという感情を感じるのだ。何かに少しだけでも好きなことをする時間を作って何かに夢中になることが大切なのだ。