人間の優れたところ

   小5 ちぴ(asatihi)  2026年5月4日

 モグラは、ミミズ食いしょうばいである。そのため、土の中にトンネルを掘り、ミミズを捕まえなければいけない。そんなモグラの生活を支えるのが、シャベルのような前足だ。土を掘って掘って掘りまくる、モグラは、原始的なからだのなかで、唯一、発達している前足を使っているのである。動物も同じようなものだ。必ず、何かに特化している。人間の場合は、かしこい頭と、器用な手で、動物の、それぞれ特化した部分を道具として取り入れてきた。人間の特化した部分はといえば、頭や手であろう。だが、動物の優れた特徴と大きく違うのは、意図的につくった道具を使っていることだ。つまり、動物は、動物の意志で、優れた部分を作り上げたのではないが、人間は、自分たちの意志で、道具を発明している、ということである。

 わたしが比較してみたのは、チーターと人間だ。チーターは、およそ百十キロのスピードで獲物を捕らえる生活をしている。百メートル走を走ると、正式に記録されたものでは、五秒九五という、驚異な記録が残っている。人間の百メートルはどうだろう。世界記録でも、九秒五八で、チーターの圧勝だ。では、人間は、チーターの速さには追い付けないのであろうか。いや、それはちがう。人間は、自動車という、速い速度で走れる「道具」を発明した。人間たち自身は速く走れなくても、自動車で、長距離の移動が、短時間で可能になった。車で旅行などに行くとき、山梨までおよそ二時間だ。それすらも長いと思ってしまうわたしだが、昔は歩きで向かうことになっていた。想像するだけでも、ぞっとする。いつも車で移動するとき、目の前の景色がまるで早送りのようにうつりかわっていくのを、速いな、と感心している。それほど速いのだなあ、といま実感した。チーターの足の速さは、チーターの暮らし方をあらわしている、ともいえる。

 ほかにも、調べたものの中で、興味深かったのは、鳥である。鳥の暮らし方をあらわすものとしては、羽だ。鳥の骨は、密度を小さくして、軽く、飛べるようにしているのだ。人間の骨は、そのようにはつくられていない。わたしも、飛べる鳥がうらやましかった。ただ、そこで思った。逆に言えば、鳥の羽や、骨のつくりは、「飛ぶためだけにしか」使えないのである。そう考えると、わたしは、なんでも生み出していく人間でよかった、となんだかほっとした。

 わたしは、それぞれ、人間と動物とを比較してみて、一番大きな違いに気づけた。はじめにも思っていた通り、人間は意図的に道具をつくり、動物は、意図せずに優れた部分を生かしているという違いだ。人間はかしこい頭で、動物に備わった能力を真似し、器用な手ですべてを取り入れていく。だからこそ、人間は、動物より寿命が延び、暮らしが豊かになったのだと、わたしは思った。