人間の性質

   高1 あかさと(akasato)  2026年6月1日

 ノンフィクションの書き手は、在るものを映そうとし、フィクションの書き手は、在らしめるために創ろうとする。ノンフィクションは恣意的に想像力を行使しないということで『在らしめる』という戦いを免除され、『在る』ということに支えられている力を付与されているのだ。最も大事なことは、ノンフィクションには何が可能で何が不可能かの境界を見極めることのはずである。それは事実の断片による、事実に関するひとつの仮説にすぎないのだ。

 事実をありのままに伝えるのは大切だ。例えば、事故の目撃者が客観的な証言を行うことは、原因究明や再発防止策の策定において不可欠な要素となる。しかし、突発的な事態に直面した際、人間が平穏を保つことは容易ではない。近年の脳科学において、人間の脳は常に未来を予測しながら機能しているという「予測符号化(先読み)」の仮説が研究されている。例えば、投じられた球体を捕球する際、脳は視覚情報を逐次処理するのではなく、球体の軌道を瞬時に予測することで行動を可能にしているとされる。この予測機能は日常の環境理解においても極めて重要であり、車両の動線や歩行者の流れ、信号の動向などを絶えず予測することで、私たちは周囲の環境を秩序あるものとして認識している。翻って、事故などの不測の事態は、この「予測の枠組み」を超える。予測が機能しない混沌とした状況において、人間が再び合理的な判断を取り戻すための唯一の指標となるのが、観察や記録によって捉えられた「客観的事実」である。個人の主観的な予測やパニックによる認知の歪みを排除し、目撃された現実を正確に共有・蓄積することによってのみ、社会は次の危機を予見し、防ぐことが可能となる。すなわち、事実をありのままに伝えるという行為は、社会の基盤となる信頼性を担保する上で極めて重要な意義を持つ。

 一方で、あえて事実を伏せることも大切だ。人は時に、相手を傷つけないために事実をそのまま伝えないことがある。例えば、大きな失敗をして自信を失っている友人に対して、「次はきっとうまくいくよ」と励ます言葉をかけることがある。しかし、実際には次も成功する保証はない。そのため、この言葉は厳密には事実とは言えないかもしれない。それでも、このような言葉は相手に希望や勇気を与え、再び挑戦しようとする気持ちを生み出す力を持っている。また、病気やけがで不安を抱えている人に対して前向きな言葉をかけることもある。このような場合、重要なのは言葉が事実かどうかではなく、その言葉によって相手が前向きな気持ちを取り戻せるかどうかである。人は誰しも苦しい状況に置かれたとき、励ましや支えを必要とする。そのため、相手に勇気や希望を与え、再び前を向くきっかけとなるのであれば、あえて事実とは異なることを伝えることにも意味があると考える。

 確かに事実をありのままに伝えることもあえて嘘を言うことも大切だ。しかし「どれほど時代が変わろうとも、人間が人間らしさを失わないために、最も大切なものは『心』である。」という言葉があるように最も大切なのは前者でも後者でもなく人間らしさを失わないことである。社会の秩序を守るために「事実をありのままに伝えること」も、目の前の誰かを救うために「あえて異なる言葉をかけること」も、どちらも根底には社会や他者を思いやる心が不可欠である。よって事実や利益だけでなく、思いやりや共感を大切にする姿勢に人間らしさが表れるのである。