誇らしい九年間
小6 あかね(akaneya)
2026年5月4日
英語は、外の視点と内の視点が合作で作り上げた珍しい言語だ。その点、ロシア語などは、多分にまだ内部の視点だけの言語だが、それは国際普及の度合いが少ないからだ。私たちの母語である日本語は、いま徐々に外の視点を加味して整理される芽生えが出てきている。もし外国人がこのまま五十年、百年と衰えなければ、日本語も大きく変わると筆者は考えている。また筆者は、日本語は明治からいままで百年の間に驚くほど変わった。戦後の四十年間でもどんどん変わっているという野放図な自然言語なのだ。これは国家的な事業として相当大きな研究課題としてお金をかけ、真剣に取り組まないと、どうにでもならないと思っている。
日本語は、ひらがなやカタカナ、漢字が沢山あり、全てを習い終えるのに九年間もかかってしまう。しかし、英語やスペイン語、イタリア語や韓国語では、二十六字や二十四字で少なく、文字だけだと数か月間で習い終わってしまうそうだ。日本では、ひらがなだけでも五十文字あり、漢字だけでも二千百文字以上もあるのに、二十六文字や二十四文字だけで組み合わせてたくさんの文字を作っているところがすごいなと思った。習い終わることには時間がかかるけれど、長い月日をかけてできた言葉は、使っているときに
「あっこれ難しい漢字だなって思ってたけどもう書けるようになった!」
など、達成感があり、誇らしいところだと思う。
日本語はイントネーションが少し違ったり、文法が違ったりしていて覚えにくくなっている。さらに、言葉を話すときに主語を使わないことで外国人が苦労しているそうだ。「雨」と「飴」「雲」と「蜘蛛」「箸」、「端」、「橋」などの言葉も、読み方は一緒なのに意味は全く違うところが日本語の面白さの一部だと思う。もう一つ、私たちもあまり習うことがないのは、方言だ。お母さんが住んでいた愛知県では、鉛筆がとがっているところを、「ときんときん」と言っていたそうだ。最初聞いたときは「え?どういうこと?」と疑問に感じたが、意味がわかると、ときときしているところがとんがっているように聞こえてきた気がする。これをきっかけに、もっと様々な地域の方言も調べてみたいなと思った。
言語とは、人間にとって自分の国の象徴として示すべきものだ。だから私は、日本語という素敵な言葉を受け継ぎ、時代に合わせてより学びやすく整えていく努力も必要だと思っている。たしかに、日本語には複雑さ、独特な難しさがある。しかし、その難しさこそが日本語を形づくり、私たちの文化を作っているのだと思う。日本語の難しさを大切にしながら、未来へ繋いでいきたい。