父の本当のあり方とは、
中2 あおなち(aonati)
2026年5月4日
父が父でなくなっている。父が父の役割を果たしていない。その結果、家族はバラバラになっていわゆる「ホテル家族」となり、善悪の感覚のない人間が成長し、全体的視点のない利己的な人間や無気力な人間が増えている。自分が真に価値あると思った文化を教え込むのが父の最も大切な役割である。上下の関係があり、権威を持っていて初めてそれができる。文化を伝えることも、生活規則、社会規範を教えることもできない。「ものわかりのいい父親」は父の役割を果たすことのできなくなった父と言うべきである。
夕食の時間になると、父は必ず居間の時計を見上げ、「六時だ。食卓に遅れるな」と低い声で言った。まだ幼かった僕は、その声を聞くだけで背筋が伸びた。父は昔ながらの職人気質の男で、礼儀や作法に対して一切の妥協を許さなかった。特に食事のマナーには異常なほど厳しく、茶碗の持ち方から箸の置き方まで細かく目を光らせていた。食卓では、まず「いただきます」を全員がそろって言わなければならない。誰かが先に箸をつけようものなら、「食べ物に感謝もできんのか」と鋭く叱責された。箸の使い方にも決まりが多く、箸をご飯に突き立てるのはもちろん禁止、皿の上で箸を迷わせる“迷い箸”や、おかずを選り好みする“寄せ箸”も許されない。少しでも肘をついて食べれば、「だらしない格好をするな」とすぐに注意が飛ぶ。父は食べる音にも敏感だった。汁物をすする音が大きいと眉をひそめ、茶碗を乱暴に置けば「器を粗末に扱うな」と叱った。テレビを見ながら食べることなど論外で、食事中はきちんと前を向き、姿勢を正して食べるのが当たり前だった。僕が一度、口いっぱいにご飯を頬張ったまま話したときには、父は静かに箸を置き、「口の中に物がある時にしゃべるな。それが人としての礼儀だ」と厳しく言った。その場の空気は凍りつき、僕は恥ずかしさで顔が熱くなった。しかし父は、ただ怒鳴るだけの人ではなかった。食事の後には必ず「作ってくれた人への感謝を忘れるな」と語っていた。農家が米を育て、魚を獲る人がいて、母が台所に立つ。その苦労を知っているからこそ、食べ方ひとつにも人間の品格が表れるのだと信じていたのである。子どもの頃は窮屈で仕方なかったが、中学生になった今、僕は父の厳しさに感謝している。外で食事をする時、自然に茶碗を持ち、箸を丁寧に扱っている自分に気づくたび、あの厳格な父の姿を思い出す。父のしつけは怖かった。しかしその根底には、「人に恥ずかしくない人間になれ」という、不器用な愛情が確かにあったのである。
僕の父は、世間でよく言われる「厳格な父親」というより、まるで気の合う友達のような存在だった。もちろん親として注意する時はあるが、頭ごなしに否定することはなく、まず僕の話を最後まで聞いてくれる人だった。特に、僕の好きなことに対して深く共感し、一緒に楽しもうとしてくれる姿勢が、子どもの頃からとても嬉しかった。小学生の頃、僕は音楽に夢中になった。毎日のように好きなアーティストの曲を聴き、ドラムをたたくことに熱中していた。しかし母は「勉強の邪魔になる」と少しあきれ気味で、家の中で大きな音を出すことにも反対していた。そんな時、父だけは違った。「好きなものがあるのはいいことだ」と言い、僕が覚えたばかりのコード進行を嬉しそうに聞いてくれたのである。ある休日、父は突然「楽器屋に行ってみるか」と僕を誘った。駅前の小さな店に入り、僕は緊張しながらドラムを眺めていた。父は店員に色々質問しながら、「初心者ならたたきやすい方がいいらしいな」と真剣に選んでくれた。そして帰り道には、「お父さんも昔、少しだけドラムを触ったことがあるんだ」と笑いながら話してくれた。その時、父も若い頃に好きなことへ夢中になっていたのだと知り、急に親近感が湧いた。それから父は、僕が新しい曲を覚えるたびに「聴かせてくれ」と言った。うまく弾けなくても、「前より良くなったな」「リズムがかっこいいな」と必ず良いところを見つけて褒めてくれる。僕がライブ映像を見て興奮していると、「そんなに好きなら実際に行ってみたいな」と言い、一緒に音楽フェスへ行ったこともあった。周囲には親子連れより友達同士が多かったが、父はまったく気にせず、僕以上に楽しそうに手拍子をしていた。父は、ただ甘やかしていたわけではない。「好きなら最後まで続けてみろ」「中途半端で投げ出すな」と励ますことも多かった。だから僕は、自分の好きなことを恥ずかしいと思わずに済んだし、自信を持って打ち込めたのだと思う。今でも新しい曲を見つけると、僕は真っ先に父へ話したくなる。父はいつも、「それ、どんな曲なんだ?」と興味を持って聞いてくれる。そんな父は、僕にとって親であると同時に、一番気の合う理解者なのである。
確かに頑固な父親にも物わかりの良い父親にもそれぞれ良さがある。しかし、一番大切なことは、「他人から尊重されるためには、まず自分を尊重できなければならない。」という名言もあるように父親が自分自身に自信を持っていることである。これからは、父の教えを次の世代に受け継いでいくと同時に、父の厳しさと優しさの両立関係を尊重してこれまで面倒を見てくれたことに対して感謝し、自分自身をもっと引き締めていきたいと思う。