父が父でなくなっている

   中2 あさくに(asakuni)  2026年5月3日

 要約:父親が父親でなくなっている理由は、「立派な父親」の人口が減っていて、結果として、父親の役目も全うできなくなっている点だ。家族を統合し、理想を掲げ、子供に伝統を継承する。このような教育の上、子供はまともに育つのであり、「友達のような父親」の元で自由奔放に育っていたら、「わがまま犬」になってしまうという。自由意志を持ち、勝手に要求をするのは犬そっくりだ。上下関係や権威を持って、初めて価値観や文化を強引に押し付け、躾けることができる。もはや、「共感性のある父親」は父親に必要な能力を失った、実質父親ではない人のことだ。

まず、権威をもった父親は回りまわって、子供を正しく教育できる。要約文でも述べられた通り、「家族を統合し、子供の成長に直結することを伝授する者」が父親である。もちろん、「理想を掲げる」という言葉の中には「プレッシャーをかける」というのも無論入っているが、これは皆さんが考えているほど悪いものではないかもしれない。誰しもプレッシャー下に置かれたら、ビクビクし、なかなか第一歩を踏み出せないだろう。しかし、「もうあんな経験は二度としたくない」と思い、自分の現状から逃げるのは決して良い判断とは言えない。この状況を裏に返せば、「自分は心が弱く、人の期待を背負うほど強くない」と断言し、そのままにしていることになる。このような場合、キツネに摘まれたかのように、何もなかったと思いながら引き続き、自分に挑戦してみてください。そうしたら、最初は実感がわかなくても、必ずその経験は自分の肉となり、血となることでしょう。このようなシチュエーションは7年前の私に降りかかったことがある。当時1年生だった私は、周りの子に学力面でついていけず、どんどんひ弱になり、学校では完璧に気配を消すことだけに専念していた。これを父親に打ち明けてみたところ、「よしっ。じゃぁ明日からその苦手な部分を強化しよう」と答えてくれた。その時私はその熱量に押され、弱い「うん」で返してしまったが、今振り返ってみれば、この判断が今の私を形づけるものだったと思う。翌日から、父は率先して、私の弱点を強化してくれただけでなく、宿題のやり方も努力の本質も全く理解していなかった私の精神を鍛えてくれたのだ。その情熱と熱意に押しつぶされてしまったが、ある時からコロッと意識が変わり、逆にその作業が楽しくなっていた気もする。皮肉だが、あの判断時に何も熟考していなかったからこそ、耐え抜けたのだと思う。その過酷な時期を抜けた後はもう周りに劣らない能力を身に着け、もう自分に自信もついていた。父は決して、「ザ・昭和」では無いが、あの期間を設けてくれたことに今でも感謝している。この現象をふと思い出した時、「まるで、鉛筆の芯を圧縮し、ダイヤモンドを作るみたいだな」と思った。これは理論上の話だが、鉛筆の芯を常人が耐えられないほどの圧力や熱で圧縮すると、ダイヤモンドができるそうだ。これは人でも同じだと思う。素朴でまだ未熟な子供たちが、一見過酷そうな環境下である一定の期間を耐え抜くと、キラキラと輝く唯一無二のダイヤモンドになるのだ。

続く