ガッツがあるとか(感)

   小6 あきらほ(akiraho)  2026年6月2日

 「ガッツがある」、「根性が足りない」という言葉は、私はどうも好きになれない。「一心不乱」は素晴らしいが、「盲目的な一途」が困る。だからそこに遊びが必要なのではないか。遊びは、自分の好きなことをして「楽しむ」、「余裕」のような暇の意味だ。人間の備わっている好奇心が働くと自然に勉強したくなるが、現状、無理やり知識を頭に詰め込まれた結果、人間本来の好奇心が消えてしまっている。想像力は心に必要な遊びだ。これは心にとっての栄養となり、想像が創造につながる。想像がさらに深まれば、「思いやり」となって人間関係を想像する。

 私は幼稚園のころ、恐竜に夢中になった。何故恐竜が好きになったかというと、今は絶滅して二度と見ることのできない恐竜に神秘的な何かを感じたからだ。この影響があり、福井県勝山市の恐竜博物館に二度ほど足を運んだ。この博物館で最も興味深かったことは、等身大の動く恐竜の模型だった。私はこの模型を見て迫力に圧倒された。その一件があり、より興味を持って恐竜の種類や生態について詳しく調べるようになった。そんな私はまるで沢山の水を吸い込むスポンジのように知識を吸収した。他にも、ただ調べるだけでなく、恐竜の絵を描いたり、レゴでさまざまな種類の恐竜を作成した。私はこの経験を通して、物事を理解し、想像し、創造する楽しみを味わった。今は塾や、サッカーを習ったりしていて、自由な時間が少なくなったが、それに比べて幼稚園の頃の方が純粋に楽しいと思ったことを長時間調べられる余裕があったからこそ楽しめたに違いない。

 車の遊びについて、調べてみた。車の遊びとは、ハンドルやブレーキペダルを操作した際に、実際にタイヤやプレーキが作動するまでに生じる数ミリから数センチの空洞、つまりゆとりのことだ。遊びが全くない状態は非常に危険なため、車には必ず適切な遊びが設けられているが、逆に大きすぎると、危険だ。要は適正な遊びが大事だと言う事が分かった。

 人間にとって余裕とは、幸福感だと考える。何故なら、私の場合、サッカーが好きだが、練習をしすぎると、疲労がたまって、負傷したり、精神的にも疲れてくる。心と体を酷使しすぎるとサッカー以外の事にも支障が出る。余裕がなければ、安定していた心の石垣にも雑草が生えてくる。心や時間のゆとりがあることで、幸福感を感じ、明日への活力につながるからだ。これから私は、勉強やサッカーの練習に励む中でも、心の余裕も意識的に作りながら、目的意識を持ち幸福感を感じながら生きていきたい。